『1年で最も苦しい9月が終わった』
史上最多の9人が立候補した自民党総裁選挙。この選挙戦では経済政策をめぐる論争が空虚だった。日本経済が抱える不都合な真実から目をそらしていたからか、または日本が世界で突出した借金大国であることを完全に無意識、または意識的に無視しているからであろう。(10月1 文責 太田)
目 次
1、今年の9月も最後は総裁選で大荒れ
2、「相場は相場に聞け」相場は石破政策にNO
3、岸田前首相が撤回した金融所得税を石破氏は蒸し返し
4、市場が経済政策の審判役
5、米国経済は景気後退回避がコンセンサス
6、145円程度の円水準を想定
7、名目経済成長率が株価に反映
今年の9月も最後は総裁選で大荒れ
さて、今の時期の欧米の相場格言に“Sell in May, and go away, don’t come back until St Leger day”(5月に株を売ってどこかに行ってなさい。セントレジャー・デーまで戻ってこないように)がある。この時期は後段のほうが重要だ。セントレジャー・デーとはイギリスのドンカスター競馬場で開催される今年で248年目となる、歴史の古い重賞レース「セントレジャーステークス」のことで、毎年9月(第2土曜日)に開催される。つまり5月に売った投資家は、9月の同レースまでに市場に戻りなさいということだ。
セル・イン・メイの5月からの日経平均株価は8月5日(3万1458円)の一番底(植田ショック)のあと、9月11日(3万5619円)で二番底を形成したように見える。一番底からの戻り高値である9月2日の3万8700円まで、立ち合い日数19日で7242円の上昇だった。これは値幅や日柄(日数)で見ると十分な上げで一番底を確定させた。だが、9月11日の二番底(暫定)まで3080円安、その後の戻りは幾分鈍かったが、28日に903円高、二番底から4209円の戻りを見て1年で最も苦しかった9月は無事終わりそうだと思っていた。ところが総裁選で石破氏に決まったとたんに円高、シカゴの日経平均先物で2400円安の3万7400円を記録している。そして週明けの東京市場での9月の最終日の日経平均は1910円安の3万7919円。9月は1.88%の下落と下落率以上に厳しい9月だった。
「相場は相場に聞け」相場は石破政策にNO
ここで改めて石破次期首相の金融財政政策に対する見解を見てみる。財政政策について、石破氏は「経済あっての財政との考え方に立ち、デフレ脱却最優先の政策運営を行う」としており、9月25日の記者会見でも「岸田政権の取り組みを引き継ぐ」と述べている。一方で、「法人税には引き上げ余地がある」と言及するなど、むしろ緊縮的な財政政策を志向していると容易に推測された。逆に決選投票で敗れた高市氏は、現在の経済状況における増税にははっきり反対していた。実際、2024年日本の財政赤字はGDP比率6.2%まで縮小しており、先進各国の中でもかなり「健全」と言える状況になりつつある。ちなみに23年は11.6%だから急速に回復しているのがわかる。そして総裁選の決選投票が出るまで、市場は高市優勢とみて27日の決選投票の結果が出る前の日経平均の引け値も903円高の3万9829円と4万円まであと200円まで迫っていたのだ。
「相場は相場に聞け」という格言がある。我々の相場見通しではなかなか説明がつかないとき、あらゆる情報を織り込んでいる市場には、状況判断のヒントが潜んでいるというのだ。27日の東京市場が終わった後、総裁選の決選投票の結果を見て、海外での先物価格は急落、30日の東京市場での日経平均の急落など、相場は石破信首相をどう見ているか、株価が判断材料の一つになる。
筆者の個人的な、しかも非論理的だが、あえて言えば石破氏への印象は「不景気顔」「デフレ顔」である。どうみても国民が一丸となって現状の日本の状況を乗り越えようと思わせるようなリーダーではなさそうだが、どうだろうか。初日の相場はそれを示唆していると思うのだが。
岸田前首相が撤回した金融所得税を石破氏は蒸し返し
9月23日岸田首相が訪米中のニューヨークで、投資家との討論会に参加、当人が提唱した「資産運用立国」構想が首相の交代でどうなるのか、参加した米大手投資家は懸念していたようだった。岸田首相は同構想が退任後も続くことへの期待を語ったようだが、石破新首相は、9月2日BS日テレの番組で金融所得税を語っている。石破氏の政策は市場との対話がなされておらず、市場の信頼を得ていないことを証明するような動きとみて石破氏が勝利した直後から「高市トレード」の巻き戻しを誘発、27日のオーバーナイトで日経平均先物は暴落したのだ。
この数年間の国内事情による株価ショックは3回あった。最初は2021年9月26日の「岸田ショック」であった。金融所得課税を提起していた岸田氏が自民党総裁に就任したことにより株価が急落した(就任直前の30183円から1週間で2万7678円へ2500円安と8%下落)。全く今回と同じ。その後の金融所得課税取り止めで株価は下落前の水準に戻った。当初の政策を換骨奪胎し、自説の「新しい資本主義」の中身を総入れ替えたのだ。むしろアベノミクスの金融財政拡大路線とコーポレートガバナンス改革、市場改革を一段と深めたことで世界の投資家の信認を高め、日経平均株価の史上最高値更新を成し遂げた。この岸田政権の政策の進化は、石破政権も踏襲せざるを得ないものである。さもなければ経済失敗により、石破政権は短命に終わらざるを得ない。
2回目はまだ記憶に新しい「植田ショック」だ。今年7月31日の日銀利上げと植田総裁のタカ派発言に端を発する「植田ショック」で、日経平均株価は39101円(7/31)から3営業日後の31458円(8/5)まで7600円、20%の暴落となったのだ。しかし翌週の内田副総裁による「市場が不安定な時に利上げはしない、時間は十分にある」との発言により、8日間で20%上昇しほぼ暴落前水準に戻った。
そして、今回の「石破ショック」。石破氏が岸田氏の新しい資本主義を踏襲し、拙速な利上げや財政再建路線を目指さないとの意思を表明すれば、市場は安心感を取り戻すのではないだろうか。石破氏は10月中の解散総選挙をすでに提起しており(10月27日のようだ)、株価下落中での選挙は考えられないことから、政策の手直しは必至であろう。そういう意味で財務相の人事に注目していたらアベノミクス路線の実行部隊の一翼を担った加藤勝信氏が財務大臣に内定した。選挙前に主張していた財政健全化、金融正常化と言う緊縮路線を棚上げすることはほぼ確かであろう。
市場が経済政策の審判役
これで3回目となる政策による株価の急落と政策の修正による株価の戻りの意味するところは、市場が政策の審判役に躍り出たということである。株安をもたらす経済政策は容認されない時代になったようだ。特に政府主導でNISAにより個人資金を株式、投信等の価格変動性投資商品に誘導している今、金融所得課税は矛盾していることは明白だ。したがって市場の安定化が最優先の経済課題にならざるを得ない。市場の合理性により政策の可否が判定される時代に入りつつあるということを、石破氏はわかっていないようだ。
石破新政権の政策次第では、今後の日本の経済政策運営は大きく転換しかねず、日本株も停滞しかねない。経済安定化政策が、より引き締めの方向に傾斜する懸念は簡単には収まらないだろう、と筆者は強く懸念している。
日経平均の今後を予想すると、石破政権が株価を重視しながら、岸田政権のように政策の変更―金融財政拡大路線に変更していけば、従来通り米国経済、為替、そしてインフレの持続性が重要であると筆者は考える。石破氏は早々に解散総選挙を決めた。予算委員会開かず、論戦を回避したようだ。通常日本株は「選挙は買い」だが、このセオリーが通じなくなってくるかもしれない。だが、日本企業の稼ぐ力拡大やデフレ脱却などの株高ストーリーが根底から揺らいだわけではない。円高でも来期以降の増益基調も健在だ。
米国経済は景気後退回避がコンセンサス
まず米国経済についての現状認識は、「明らかに減速しているものの景気後退(リセッション)は回避できる」という見方だ。おそらくこれが現在の市場のコンセンサスであろう。
米国の8月の雇用統計では、雇用者数が前月比14.2万人増と市場予想(16.5万人増)に届かず、しかも過去分が下方修正されるという軟調な結果だった。失業率は4.2%へと低下したものの、直近の最低値である3.5%からはじわじわと上昇している。先行きも怪しい。
求人の減少傾向に歯止めがかかっていないようだ。7月の求人件数は767万件と市場予想(810万件)を明確に下回ったうえ、6月の数値も791万件へと27.4万件も下方修正された。
それでも景気後退は回避できるだろう。一連の弱い経済指標を受け、FRBが果敢な利下げに踏み切ったためだ。9月FOMC(連邦公開市場委員会)で、パウエル議長は0.5%の利下げを敢行。FF(フェデラルファンド)金利(誘導目標レンジ上限)は5.00%に引き下げられた。今後の金利見通しでは、追加で年内0.5%の利下げ、さらに2025年は1%、2026年は0.5%の利下げが予想されている。米国は政策対応余地があるため、あっさりと景気後退に陥るとは考えにくい。このような環境では当面米国株が大崩れするとは思えない。
では、FRBの利下げを前提に米国株が底堅く推移する場合、日本株はどうなるであろうか。仮に円高が進行した場合、日本株は米国株に大きく劣後する公算が大きいと判断せざるをえない。円高は日本株にとって完全なネガティブファクターと言える。
日本株で重要なのは製造業の存在感だ。製造業はGDPの約2割を占めるにすぎないが、日経平均に採用されている225社に限れば約6割が製造業だ(TOPIXの時価総額も約6割が製造業)。株価指数に採用されているのはすべて大企業であるから、いわば株価指数は大企業・製造業の塊である。円高は、円建て輸出金額の減少や海外子会社の評価益縮小を通じて業績を悪化させる。
145円程度の円水準を想定
一方、足元の為替水準は、日銀短観などで示される「想定為替レート」に近い値であるから、逆風とまではいかないものの、円安の追い風が止んだ状態にある。また、筆者の先行き12カ月の為替見通しは1ドル=145円前後である。さほど円高方向への推移を予想しないのは、米国の景気後退が回避されるとみており、このため米国の政策中立金利の上方シフトが続くことで、利下げ局面終了時の政策金利の予想値が切り上がり、日米金利差の縮小が限定的となるとの見方に基づいている。為替が筆者の予想どおりとなれば(145円近辺)、日本株は米国株以上に上昇し、逆に円高となれば上値は重くなるだろう。
日銀は2025年末までに1%程度まで政策金利を引き上げるかもしれないが、日銀の金融政策は為替に従属する傾向が強いため、「(日銀の)金融引き締め→円高」という経路は想定されない。「円安→金融引き締め」あるいは「円高→現状維持」といった具合である。
また日本のインフレの持続性。これまで述べてきたのが向こう1年程度の短期的な視点であったのに対し、日本のインフレ定着は、中長期的な日本株の動向を読むうえで重要な要素だ。日本の名目GDPは世界的にインフレが進行した2022年以降、一気に加速して600兆円の大台を突破した。この約2年で8%超の増加を遂げたことを改めて認識しておきたい。この間、物価上昇の影響を除去した実質GDPが伸び悩んでいたことは、インフレの追い風がいかに強いかを物語っている。
名目経済成長率が株価に反映
実質GDPが伸びていないのに、なぜ株高なのかというよくある疑問に対しては、株価は名目(金額ベース)の経済成長を反映するからというのが回答だ。インフレによって名目経済成長率だけが伸びる状況は、国民生活にとって望ましいものではないが、株式にとって良好な環境であることは間違いない。それは1990年代後半から2010年代前半まで実質GDPが拡大する中、デフレ経済で名目GDPが伸びず、株価が伸び悩んだことの裏返しでもある。
そのインフレの持続性について現在、名目賃金上昇率が約30年ぶりの高い伸びになっていることは、とくに注目すべきだろう。物価上昇率を加味した実質賃金がさほど伸びていないため、上がっていないというような指摘もあるが、実際の名目賃金上昇率はかなりの伸びであり、若年層を中心に賃上げを実感している人は多いはずだ。
賃金上昇の理由として物価上昇が大きいことは確かだが、構造的な人手不足も寄与しており、一過性のものではなさそうだ。この点において、株価の追い風になるインフレはその持続性が高まっているといえる。さらに今年になって自社株買いが急増している。日本株が急落した8月5日には自社株買いの大型案件が目立った。結局1~9月までに12兆円と通年で過去最高を記録した。筆者はかつて米国株の上昇は自社株買いによるものと思っていたが、すでに日本でも自社株買いが急増、日経平均を容易に押し上げると想定している。2025年早い時期に日経平均株価は4万円を超し、年度末までに4万円2000円程度まで上昇すると予想する。米国経済が景気後退を回避することが、その最も重要な条件となる。
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■レポート著者 プロフィール
氏名:太田光則
早稲田大学卒業後、ジュネーブ大学経済社会学部にてマクロ経済を専攻。
帰国後、和光証券(現みずほ証券)国際部入社。
スイス(ジュネーブ、チューリッヒ)、ロンドン、バーレーンにて一貫して海外の 機関投資家を担当。
現在、通信制大 学にて「個人の資産運 用」についての非常勤講師を務める。
証券経済学会会員。
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