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Monthly Report

Monthly Report 2022年9月号

『8月の株価急落をどうみる』

8月26日、 米ワイオミング州ジャクソンホールで開かれた経済シンポジウムにおけるパウエルFRB議長講演を受け、NYダウは1008ドル安と今年3番目の下落幅を記録した。ただし、株式・為替・債券の反応は一様ではなかった。(9月1日 文責太田)

目 次

1、パウエル議長講演でNYダウ大幅安
2、利上げ継続と強まる景気悪化懸念
3、年内FFレート4%が視野に
4、利上げは来年も続くのか
5、米国のGDPはゼロ成長へ
6、インフレを「一時的」と見誤ったFRB
7、株価はまだ調整が必要か
8、日本だけが金融は緩和的

パウエル議長講演でNYダウ大幅安

世界の金融関係者が注目する毎年恒例のジャクソンホールでのFRB 議長講演で、今年の金融市場はパウエルFRB 議長の講演内容をタカ派的と受け止めたが、株式・為替・債券の反応は一様ではなかった。債券やドルは比較的落ち着いた動きを示す一方、楽観度が強かった株式は将来の景気悪化懸念を織り込む形で大きく売り込まれた。この日のパウエル議長の講演は30分の予定に対し9分足らずで終わっている。

8月17日に7月のFOMC(連邦公開市場委員会)議事録が公表されているが、この7月の会合で2回連続となる0.75%の利上げを決定。しかし、議事録によると、会合の参加者は「どこかの時点で利上げを減速することが適切」との点で一致したとしている。

この議事録の公表前に、8月10日、7月のCPI(消費者物価指数)が発表され、前年同月比+8.5%、予想は+8.7%、40年ぶりの伸びとなった6月の+9.1%から幾分減速していたため、7月のFOMC議事録と合わせて、株式市場は来年の利下げを期待していた。議長の今回の講演はこの期待を強くけん制、成長鈍化などの「痛み」を伴ったとしても、インフレが抑制されるまで、当面金融引き締めが必要とし、景気よりも物価抑制が優先という見解をはっきり示したのだ。

その結果、この日の米株市場では主要3指数が軒並み3%を超える下落。ダウは前述したように1000ドルを超える下げを記録した。S&P500は全11セクターが下落。ナスダック総合は、グロース株やハイテク株が売り込まれる中、約4%の急落となった。

こうした株式市場の動きを横目に見ながら、債券や為替は比較的落ち着いた動きだった。利上げ観測を反映しやすい2年債利回りは上昇したものの、10年債利回りは小幅な上昇、逆に30年債利回りは低下した。ドル/円は137.64円と前日NY市場の136.49円から円安となったが、ドル指数自体は小幅な上昇にとどまり一時下落する場面もあった。

このように金融各市場が、同じ材料に対し、異なる反応をみせることは珍しいことではないが、パウエル議長の講演がタカ派的との受け止めは、どの市場でもほぼ同じ。ここまで反応が異なったのには、いわゆるポジション(株式では買いのポジションが累積していた)と、先行き見通しの影響の及ぼし方の違いがあるのだろう。

利上げ継続と強まる景気悪化懸念

米長期金利が上昇しなかったのは、2つの力が相殺されたためだ。金利上昇を抑える指標がパウエル議長講演と同じ日に発表された。7月の米PCE(個人消費支出)価格指数が、前年同月比6.3%上昇と、前月の6.8%から伸びが鈍化。FRBの金融政策において重視している、この指標の結果は利上げ観測が後退する要因でもある。しかし、パウエル議長は、最近の米インフレ指標鈍化について、「単月の改善はインフレが低下していると確信するにはほど遠い」と指摘。他の指標では労働市場における「堅調な基調的な勢い」を示しているほか、労働市場を例に取り上げ、現在求人数が失業者数をはるかに上回っており、雇用状況は「バランスが明らかに崩れている」という認識を示した。

利上げ継続で金利上昇圧力が高まる半面で、金融引き締めによる将来的な景気悪化懸念の金利低下圧力が強まったようだ。為替市場でドルがあまり動かなかったのは、この米長期金利が小幅な動きにおさまったことが要因だ。

しかし、株式市場では、利上げ観測と景気悪化懸念の2つのネガティブ要因となる。長めの金利は上昇しなかったが、利上げはPER(株価収益率)を低下させ、景気悪化懸念は企業のEPS(1株当たり利益)見通しを押し下げることになる。つまり株式市場は債券市場と違ってダブルでネガティブ要因に見舞われたことになる。

米株価は、最近のガソリン価格低下に伴いインフレピークアウト期待と、住宅販売の低迷、失業保険申請数の増加などの経済指標の小幅悪化で来年の利下げ期待を織り込む形で7月半ばから反騰を開始していたのだ。8月12日にS&P500は1月高値から6月安値までの半値戻しを達成していた。米金利やドルも、その間上昇していたが、どうやら株式市場のほうが楽観度は強かったようだ。

年内FFレート4%が視野に

パウエル議長は、9月のFOMC(米連邦公開市場員会)での利上げ幅について「入手されるデータ全体と見通しの動向次第」と述べ、明確な手掛かりは示さなかったものの、市場では、インフレ率が2%に近づくまで金融引き締めは終わらない。よほどのことがない限り、9月の7FOMCでは0.75%の利上げが行われることになりそうだ。その後も年内は11月に0.5%、12月に0.25%の利上げが実施され、政策金利であるFF(フェデラルファンド)レートは3.75~4%となる可能性が高いと見ている。利上げが続くと、株などリスク資産には厳しい環境がこのまま続くとの見方が強まっている。

さらに株価を抑える要因として、6月から毎月475億ドルで始まった量的引き締め(QT)は、9月から950億ドルにペースが倍増されることがある。当初からQTを進めることで株価の上昇は抑えられると予想はされていたが、ここで改めて注目された。

今回、パウエル議長は1970年代の高インフレ時代を引き合いに出し、当時のボルカー議長が20%近い高金利政策によってインフレ退治に成功するまでの15年間、FRBは不十分な金融引き締めによってインフレ抑制に失敗したとして、その失敗を絶対に繰り返さないという強い決意を示した。今のインフレを考えれば、FFレートで3.5%程度というのは実質的に大した利上げとは言えない。パウエル氏の発言からして年末までに4%程度までは行くだろう。そして「歴史が示すように、インフレ抑制のための雇用コストは、高インフレが賃金や物価の設定に定着するにつれて、遅れれば遅れるほど増大する可能性が高い」と指摘。「我々の仕事が完了するまでやり続けなくてはならない」と話している。

利上げは来年も続くのか

米国のインフレ率は前述したように直近7月のCPI(消費者物価上昇率)の前年同月比8.5%から来年にかけ低下するだろうが、FRBが目標とする2%程度まで落ち着くには時間がかかり、来年中は難しいかもしれない。そのため、来年のFFレートは4%で据え置くか、物価次第で4.25%までもう一段上げる可能性もある

予想が難しいのは、エネルギー価格の行方だ。米国のガソリン価格は一時の1ガロン
5ドル台から最近4ドルを割ってきているが、価格高騰でガソリン消費が減ったことが主因だ。価格が下がるとまた消費が増えて価格が上がる可能性がある。

また、ここ最近、米国でも天然ガスの価格が急騰している。ロシアが欧州向けのガスの供給を削減し、世界的な供給懸念が高まる中、日本や中国、韓国を含めた消費国の間で米国産を含めたガスの取り合いとなっている。原油価格が下がっても、ガス価格が上がっているため、米国のCPIは今年末でも5%前後までの低下にとどまるかもしれない。

こうした状況から、来年の利下げはあるのだろうか、それはちょっと難しそうだ。現在、インフレに見合う高い政策金利を課している国は見当たらない。欧米やアジアなどでは政策金利はまだかなり緩和的で、インフレを抑制するような状態にはない。米国も2%程度のインフレに落ち着くのは2024年になる可能性があり、来年いっぱいは高い政策金利を維持する必要があるだろう。


米国のGDPはゼロ成長へ

今回、パウエル議長は「インフレ抑制によってトレンド(潜在)成長率を下回る時期がしばらく続くだろう」と述べている。米国の潜在成長率は現在2%弱だが、今後それをかなり下回ってくるだろう。来年にかけ景気後退に陥る可能性も否定できない。

米国の実質GDP(国内総生産)成長率は今年第1四半期(1~3月期)、第2四半期と連続で小幅なマイナス成長となったが、個人消費はプラスで堅調さを保っている。だが、今後は金融引き締めで消費需要も押し下げていくことになるため、第4四半期には消費も含めてマイナス成長となる可能性がある。今年通年でもゼロ成長に近いかもしれない。雇用についても議長は「労働市場は強すぎる」と述べており、インフレを抑制するには現在の強い求人件数が大幅に減って自然失業率の4%を超える水準までの悪化(7月の失業率は3.5%)は仕方ないだろう。

インフレを「一時的」と見誤ったFRB

そもそも今回の議長の発言がタカ派的と言われるのは、2年前のジャクソンホール会議で打ち出した「平均インフレ目標」があると考えられる。インフレ率が2%を超えても当分は金融緩和を続けるという経済政策に縛られた結果、FRBはどうやらインフレに対し後手に回ったため、だろう。

FRBはインフレの持続性についても、2021年秋までは「一時的」として見誤った。その結果、QE(量的緩和政策)を長く続けすぎてしまい、政策金利の引き上げも遅れてしまったのだ。

今回のインフレ加速は需要要因だけではなく、コロナ禍によるサプライチェーンの混乱やロシアのウクライナ侵攻など(FRBが制御できない)の要因もある。したがってFRBが失敗したと責めるのは酷な要素も否定できない。とはいえ、今や平均インフレ目標とはまったく違う40年ぶりともいわれている高インフレの世界に突入しているのだ。

株価はまだ調整が必要か

そうした環境下では株価の調整は必要となるのだろうか。今年第1、第2四半期の米企業業績を見るとアナリストの予想を上回る増益基調が続いており、その意味では米経済のモメンタム(勢い)はまだ強い。ただ、それだけに今後は金融引き締めで勢いを抑えなくてはならず、企業収益が減って株価が下がる可能性は高いのではないか。

世界的にもこれから利上げが進んでいくと見られ、新興諸国は通貨安と金利高騰でより厳しいし、世界経済の見通しも下方修正されていくだろう。世界経済は一段と不安定化すると見ている。

7月のCPI(消費者物価指数)は欧州もユーロ圏で8.9%(31日発表の8月CPIは前年比+9.1%と過去最高を記録)、イギリスで10.1%というインフレに見舞われ、利上げを余儀なくされている。約11年ぶりの利上げを決めた7月のECB(欧州中央銀行)理事会の議事要旨には、対ドルで「パリティ(等価)」を割り込んだユーロ安によるインフレ圧力を強く懸念している」ことが示された。

次の9月8日のECB理事会では、7月の0.5%の利上げに続き、0.75%の利上げを行う可能性が出てきている。さらに年末にかけて1.5%に向けて追加利上げがありうる。

欧州のインフレはほとんどが(ロシア産エネルギーの供給不安など)供給側の要因であり、需要要因の強い米国とは違うので、急激な利上げは景気後退につながりやすいとの見方が強かったが、ここにきてユーロ安とインフレの抑制を優先する方向に軸足を移している。

インフレ率が2桁に乗せた英国では現在1.75%の政策金利ではまだ低すぎるため、年末には3%以上、来年には4%以上の水準まで利上げを行う可能性が高い。ロシア産エネルギーの供給不安が深刻なドイツでも年内にマイナス成長に陥る可能性が高い。イギリスも来年にかけマイナス成長になるだろう。

日本でもCPI(消費者物価指数)の前年比上昇率が2%を超え、欧米ほどではないにせよジワジワ上昇しており、日銀の対応も注目される。今後は世界的な天然ガス価格の上昇が一段と国内物価に影響してくるのではないか。日銀は長期金利の許容変動幅を2021年3月に変動幅を上下0.25%まで広げた。日本は米国が金利を上げている現在は、変動幅をさらに拡大しやすい局面といえる。おそらく上下0.5%の変動幅が予想されるが、黒田日銀総裁は変動幅拡大の可能性も否定している。長期金利の上限を少し上げたぐらいでは円安阻止の効果が薄いのも事実だ。

日本だけが金融は緩和的

ただ、円安対策としてではなく、日銀がこれまでやってきたように、政策の柔軟性を高めるという意味で変動幅を拡大することは可能だろう。今よりもっとインフレ率が低い時期でも変動幅を拡大してきた。今回なぜしないのだろうか。おそらく投機筋の攻撃(国債売り)を恐れているのだろう。6月には日銀の政策修正を見込んだ海外ヘッジファンドなどの投機的な仕掛け(国債先物売り)を受け、日銀は大量の国債買いオペで対抗した(6月の国債買い入れ額は約16.2兆円と月間最高)。変動幅を拡大すれば次の上限引き上げを試す投機が続く可能性があり、日銀はもっと国債を買わざるをえなくなる。

とはいえ、変動幅の拡大は市場の取引促進につながる。柔軟性の観点から、時が許せば検討することは可能になるだろう。

スイスでもインフレ率が珍しく3%台に乗せ、中央銀行は6月に0.5%の政策金利引き上げを行っているが、それでもまだマイナス0.25%だ。日銀だけが異常というわけではない。国内のインフレ率がまだ2%台で、需要も弱い現状では、無理して利上げしなくてもいい状況にはある。日銀の低金利政策自体は維持されていくだろう。金利がそんなに高くなる経済ではないということだ。

 欧米では金融引き締めが続くが、先進国の中で日本だけが金融緩和状態を続けている。中国ははっきりと金融緩和状態だが、日本は長期金利の変動幅を拡大するくらいにとどめておくだろう。金融引き締めを断行している欧米の株式市場にとって金融引き締めは最も大きな抑制要因でもあるため、金利高でも耐えられるクオリティの高い銘柄しか買えない状態が続くだろう。一方、日本株は金融引き締めを実行していないため、株価抑制の圧力を受けにくいことも事実だ。今回のNY株大幅下落に対し、比較的底堅い動きをしている日本株の底流には金融政策の違いがあるのだろう。

 株式投資も個別銘柄の選別では、インフレ期から景気後退に移行する時期は、クオリティの高い企業が買われる。クオリティの高い銘柄とは、漠然としているが、モルガンスタンレーによる定義では、
1強力なキャッシュフロー、2業績の上方修正、3価格決定力 4収益性の高い債投資、5規律の高い資本政策 などを有する企業ということになる。

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本資料、一般社団法人FLSG(以下当会といいます。)が投資家の皆様に情報提供を行う目的で作成したものであり、投資の勧誘を目的に作成されたものではありません。本資料は法令に基づく開示書類ではありません。本資料の作成にあたり、当会は情報の正確性等について最新の注意を払っておりますが、その正確性、完全性を保証するもではありません。本資料に記載した当会の見通し、予測、意見等(以下、見通し等)は、本資料の作成日現在のものであり、今後予告なしに変更されることがあります。また、本資料に記載した当社の見通し等、将来の景気や株価等の動きを保証するもではありません。

■レポート著者 プロフィール
氏名:太田光則
早稲田大学卒業後、ジュネーブ大学経済社会学部にてマクロ経済を専攻。
帰国後、和光証券(現みずほ証券)国際部入社。
スイス(ジュネーブ、チューリッヒ)、ロンドン、バーレーンにて一貫して海外の 機関投資家を担当。
現在、通信制大 学にて「個人の資産運 用」についての非常勤講師を務める。
証券経済学会会員。

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