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Monthly Report

Monthly Report 2024年5月号

『この先の日米金融市場を取り巻く環境』

日本がGW中の4月29日、円ドル相場は一時160円を付けた。この時点でのドル売り介入があったかどうか政府はコメントを避けているが、断続的な円買いを見ると、どうやら介入があったのではと思われる。(5月1日 文責太田)

目 次
1、円安=国力低下論
2、「失われた30年」で国力低下
3、ドル円は米国の政策頼み
4、今後の円高は長期円安の小休止
5、結局円安は株価押し上げ要因
6、株主還元策強化や半導体需要増も日本株の上昇を後押し
7、日本株の最大のリスクは米株式市場
8、日本は世界で再びキープレーヤーになりつつある

円安=国力低下論

 4月の日銀政策決定会合(25日、26日)前後から円安が急速に進行し、当局は円安を容認しているという声が高まっていた。しかも国内インフレをもたらす最近の原油価格の上昇も大きな懸念材料になっている。足元の「円建て原油価格」は13000円台(160円×83ドル)まで上昇、2022年6月のピークだった16000円台には及ばないながらも、中東情勢の緊迫化による原油価格への上昇圧力と円安が相俟って、国内では更なる円安に対する不安の声が高まっていた。
こうした声を反映してか、「足元の円安は、日本の国力の低下によるものだ」という論調も散見されるようになった。確かに、日本の人口減少や財政問題などを踏まえると、人々の将来に対する不安は根強い。さらに円安と関連付けて「国力の低下だ」「深刻な問題だ」など不安を煽られると、「ナルホド」と比較的容易に納得させられる。また、こうした見方が広がることにより、円の先安観が強まり、さらに円安を後押ししていく可能性もあるかもしれない。

「失われた30年」で国力低下

 「国力」とは、文字通り「国の力」だが、国語辞書では「国の勢力。国の経済力や軍事力などを総合した力」と説明されている。軍事力に関しては今に始まったわけではないが、米国と日本の差は歴然としている。「経済力」についてはどうだろうか。バブル崩壊以降、「失われた30年」と言われるほど景気の低迷が続き経済力は弱かったと言える。しかしこれも30年という長きにわたっており、経済の低迷はドル高円安が急速に始まった2022年から始まったわけではない。それ以前から経済の低迷は目立っていた。つまり経済力の低下は円安の動きによるものではないのだ。
逆に、バブル崩壊後に円高が進行し、2011年に1ドル=75円台の超円高に見舞われたことは、まだ記憶に残っている。同時に日本では「円高・デフレ」のスパイラルが大きく問題視され、「経済力」は極めて弱くなったことは事実だ。円高でも「国力の低下」は起こるわけだから、円安=国力低下とは必ずしも言えない。
日本がデフレを脱却できず、長期にわたり日銀が金融緩和を続けなければならなかったこと自体が、間接的に「国力の低下による円安」だと言えば、言えなくもない。
実際、2013年のアベノミクスでは「3本の矢」が注目を集めたが、結局は財政出動と金融緩和が政策推進の軸となり、肝心の成長戦略では経済構造の変化は起きず、デフレ脱却できない状態が続いた。
2011年にドル円が75円台を付けた局面では、日本は超円高とデフレに悩まされていた。その後の日銀による「異例の金融緩和」により、円高・デフレの負のスパイラルを断ち切れたことは、日本経済に大きく貢献したと言えよう。ただ、その後も金融緩和の継続と2011年から始まる円安が長期化したことにより、財政赤字が慢性化し、低生産性の企業、いわゆるゾンビ企業が生き残るという副作用も発生している。

ドル円は米国の政策頼み

 一方、今年の春闘は大幅な賃上げとなり、いよいよ「賃金と物価の好循環」の兆しが見られ始めた。低成長、低金利、低生産性の罠から脱却するには、規制緩和などの構造改革や、デジタルなどの情報化投資、人への投資の強化などの成長戦略を推し進め、労働生産性と資本生産性を高める必要がでてくる。
そうすれば、日本経済の成長力も高まり、高い金利が受け入れられる世界になっていく。生産性の向上を起点とするこの「好循環」のチャンスを逃さないようにする必要がある。海外から日本への直接投資が増え、異例の金融緩和からの正常化も進めば、ポジティブな意味で円がじわり買われる時が来るのではないか。しかし、そうならない限り、足元のドル円は米国の政策頼みの相場が続きかねない。
ここで米国の重要経済指標を整理すると、まず消費者物価指数は、1月、2月の強さに続いて3月も加速気味となり、インフレ沈静化の道のりがなお険しいことを示した。その間、消費者マインド指標が上向いたのと整合的に、個人消費(小売売上高)は明確に加速した。
また、ISM製造業景況指数が約1年半ぶりに50を回復したほか、住宅指標(着工、中古・新築販売件数、建設業者の景況感)も底打ち感が強まるなど、全般的に米国は景気再加速の気配が強まっている。
そして4月入り後、一時1バレル=85ドルを超えてきた原油価格もインフレ沈静化を阻害する要因になりつつある。26日に発表になった3月の個人消費支出のコア物価指数(エネルギーと食品除く)も、前年同月比で2.8%上昇している。
さすがにインフレが再加速する兆しは、今のところ見えないから、年後半の米利下げ開始はありそうだが、それでも年内の利下げ幅は0.5%にとどまると推測される。FRBの利下げが遅々とすることで、日米金利差縮小に時間がかかることを踏まえると、やはり140円を割れるような円高は想定しにくい。

今後の円高は長期円安の小休止

 一方、今後予想される日銀の追加利上げや長期国債の買い入れ減額(現在は年70兆円強)は、若干の日米金利差縮小をもたらしそうだ。だが、やはり為替市場に与える影響はFRBの金融政策が圧倒的に大きい。
また、構造的な貿易・サービス収支の赤字が需給面で円安圧力を生じさせていることも重要だろう。2023年以降、貿易赤字の縮小が進む中、旅行収支の黒字幅拡大によって貿易・サービス収支の赤字幅は縮小傾向にある。だが、その他サービス収支が、いわゆるデジタル赤字の拡大によって6兆円程度の流出超となっていることから、貿易・サービス収支の大幅な黒字転換は展望しにくい状況にある。
このことは、為替市場において恒常的に実需の円売りが優勢になっていることを意味する。ここでは経常収支における第1次所得収支の利息・配当や直接投資の国内流入(円買い)は実需とはならない。なぜなら、実際に国内に流入するのは一部(想定では3割程度)しかないからだ。これらを踏まえると、日本株に吹く円安の追い風は当分やみそうにないと予想される。そうした状況下、日本は前述したように国際収支構造の変化は止まらず、円高方向の動きは「長期円安局面の小休止」くらいに割り切っておいた方が良いというのが筆者の感想だ。


結局円安は株価押し上げ要因

 急激に進むドル高円安だけが強調されがちだが、5月以降の日経平均には追い風要因が多い。ドル円相場は4月26日に1ドル=156円台をつけ、同日のニューヨーク市場では一気に158円台へ突入した。この34年ぶりの大幅な円安は、日本経済全体にどんな影響を与えるのだろうか。そして前述したようにGW 中の29日には一気に160円台に突入、その後154円台まで円が買われたが、介入によるものかは不明だ。
もっとも、円安は日本株の押し上げ要因になっている可能性は濃厚といえる。というのも、日経平均株価採用銘柄225社の約6割は製造業であるからだ。これはTOPIX(東証株価指数)の時価総額ベースでも同様だ。円安は、円建て輸出金額をカサ上げするほか、海外子会社など外貨建て資産の評価益拡大を通じて、少なくとも当期の輸出企業の業績に対しては増益要因となる。
年初の時点では、3月のFOMC(連邦公開市場委員会)で利下げ開始後、年間で約6回(1.5%相当)分が織り込まれていた。FRB(米連邦準備制度理事会)の利下げが遅れるとの判断から、現時点では年内の米利下げ幅については0.5%(50ベーシスポイント)、年末時点のFF(フェデラルファンド)金利(民間銀行が資金を融通し合う際に適用される短期金利の政策指標)は5.0%であれば御の字、という状況になりつつある。

株主還元策強化や半導体需要増も日本株の上昇を後押し

 経済アナリストの間ではアベノミクスの持続的な効果については意見が分かれているが、故安倍元首相が推し進めた改革の一つであり2015年に導入された「コーポレートガバナンスコード」はここにきて実を結んだようだ。これには、上場企業の経営陣や取締役会に対する評価を高め、企業行動の不透明性を小さくする措置が含まれていた。
今年も資本効率改善を狙った株主還元策も期待される。4月15日に東証が発表した「『資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応』に関する開示状況(2024年3月末時点)」によると、コーポレート・ガバナンス報告書を開示した企業は東証プライム市場の65%(1065社)となり、2023年12月末(49%、815社)から大きく増加した。
全体の傾向としてPBR(株価純資産倍率)1倍未満の企業ほど開示が進んでおり、変革の意思がうかがえる。これまで、必ずしも重視されてこなかった「資本効率」が大きく取り扱われる中、PBR1倍割れの企業はもちろん、資本効率のさらなる改善に意欲的な企業が、これまでとは違った大胆な株主還元策を打ち出す可能性がある。
2023年は5月に3兆円を超える自己株買いが発表されたことで投資家の要求が満たされ、株価上昇の原動力になったことは記憶に新しい。今年も現在の企業業績から判断すると同程度の自己株買いが期待されることから、自己株買いの規模は現在の年間10兆円ペースを上回ってくるのではないか。なお、年間10兆円という規模はかつての日銀のETF(上場投資信託)買い入れ額(おおむね6兆円)をはるかに上回る。
そして半導体だ。半導体市況をつかむうえで企業決算を読むのは重要だが、マクロ指標も有益な情報を提供してくれる。例えば、4月15日に発表された2月の機械受注統計は半導体市況の回復を印象づけ、日本株の上昇を示唆する結果であった。機械受注の機種別受注額に目を向けると、半導体製造装置が含まれる「電子計算機等」の強さが目立った。日本株を見るうえでこの「電子計算機等」の項目を重視すべきだ。
半導体製造装置の受注動向で日本株全体が説明できるのは、その存在感の大きさがある。そこに電気機器、化学、機械、精密機器等の業種に分類されている半導体関連企業を含めると、その存在感はさらに大きくなる。
また、半導体工場の能力増強投資にあたって建設にも需要が波及するほか、データセンターの拡大によって電力にも恩恵が及ぶといった副次的効果もある。これら広義の半導体で見れば、その存在感は大きく、結果的に日本株全体を説明できると考えられる。世界的な半導体市況の好転およびサプライチェーン再構築に伴う半導体製造装置の需要増は、引き続き日本株の上昇を牽引するはずだ。

日本株の最大のリスクは米株式市場

 S&P500は3月28日に過去最高値の5264.85を付けてから4月19日までの22日間に5.5%下落し、小幅な調整局面となった。指数は年初来ではプラスを維持している。しかし3月28日の過去最高値達成は5カ月間で30%という爆発的な上昇を伴い、しかも一握りの巨大IT株の急騰に後押しされていたことに注意を払う必要がある。
最近の調整が利益確定売りによるものなら、今後も同様にあり得る。「マグニフィセント・セブン」と呼ばれる巨大IT7社の合計時価総額は6日間で1兆1000億ドルが吹き飛んだが、それでも株価上昇が始まった昨年10月25日の水準をまだ3兆ドル近く上回っている。
米国では第1・四半期決算発表シーズンが始まり、利益伸び率が事前予想を上回る企業の割合が高い。とはいえ、利益伸び率の予想は第2・四半期が11%、第3・四半期が9%、第4・四半期が15%となっており、これらを上回るのはかなり難しいだろう。そうなると先進国で最も高いPER20倍超のバリュエーションが割高に見え始める。
今年の米国の株式市場の見通しは悲観的にはならないが、金利やバリュエーションなど克服すべき課題がある。株式リスクプレミアム、つまり投資家が「リスクのない」米国債よりもリスクの高い株式に資金を投入することで得られる追加の利回りは、事実上消滅している(株益利回りと10年国債利回りの差がなくなっている))。

日本は世界で再びキープレーヤーになりつつある

 デフレで弱体化した日本経済を立ち直らせた立役者である故安倍元首相は、日本が「普通の国」になることを望んだ。90年代以降の日本であれば、だれが見ても課題を抱えた国にしか見えなかったかもしれないが、今の日本は衰退を避けられそうだ。
日本が新たな黄金時代を迎えているというわけではない。日経平均はすでに最高値から反落しており、将来性と危険性をともに抱えているのが今の日本だ。どちらかと言えば、日本経済は二極化の瀬戸際にある。需要のある技能を持つ人々や人口集中地区の住民にはチャンスが広がるだろうが、そうでない人々の暮らしは恐らく活気がないままだろう。
日本は労働力の減少にどう対処するのだろうか。欧米のような混乱なしに移民を増やすことができるのか。そして中国とどう対峙するのか。東京を直下型地震が襲う可能性や、南海トラフト地震が発生する恐れもあり、国民は不安を募らせている。
しかし、普通の国に不安はつきものだ。国民が無気力に陥っているわけではない。「今なお衰退している中途半端な国」ではない日本は、再び世界で活躍するキープレーヤーになりつつある。80年代を振り返ると、当時は恐れ知らずの経済大国だったが、今はそうではない。失われた30年は日本を変貌させ、進化させ続けている。34年ぶりに最高値を向いた株価を見るだけでも、筋書きは変わったと感じさせる。

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本資料、一般社団法人FLSG(以下当会といいます。)が投資家の皆様に情報提供を行う目的で作成したものであり、投資の勧誘を目的に作成されたものではありません。本資料は法令に基づく開示書類ではありません。本資料の作成にあたり、当会は情報の正確性等について最新の注意を払っておりますが、その正確性、完全性を保証するもではありません。本資料に記載した当会の見通し、予測、意見等(以下、見通し等)は、本資料の作成日現在のものであり、今後予告なしに変更されることがあります。また、本資料に記載した当社の見通し等、将来の景気や株価等の動きを保証するもではありません。

■レポート著者 プロフィール
氏名:太田光則
早稲田大学卒業後、ジュネーブ大学経済社会学部にてマクロ経済を専攻。
帰国後、和光証券(現みずほ証券)国際部入社。
スイス(ジュネーブ、チューリッヒ)、ロンドン、バーレーンにて一貫して海外の 機関投資家を担当。
現在、通信制大 学にて「個人の資産運 用」についての非常勤講師を務める。
証券経済学会会員。

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