『ニクソン政策によく似たトランプ政策』
歴史的な視点に立つと、金融政策への介入も含め第二次トランプ政権の振る舞いとニクソン政権(1969年-74年)のそれを重ねる向きが多くなってきた。二人の共和党の大統領の政策類似点を見てみることにする。(9月1日文責太田)
目 次
1、2人の大統領の共通点
2、ニクソン政策の背景
3、対処療法のニクソンインフレ対策
4、ニクソン政権時の超インフレとトランプ政策
5、米国の覇権
6、金融政策への介入
7、2人の歴史的相似形
8、2人の政策をまとめる
9、トランプ関税は違法?
2人の大統領の共通点
時代背景こそ違うが、両政権は通商政策における保護主義志向、通貨・金融政策におけるドル安・低金利志向、安全保障面における同盟国への応分負担要求など共通点が多く、総じて「国際秩序よりも米国の利益最優先」という価値観を隠さない点で似ている。よって、ニクソン政権の政策運営、とりわけ経済政策が最終的にどのような経緯・結末に至ったのかを知っておくことは、トランプ政権を起点とする米国の経済・金融情勢を展望する上で大いに役立つのではないかと思われる。ここで簡単にニクソン政権の政策運営を振り返ってみる。
ニクソン政策の背景
ニクソン大統領を知らない人が増えてきたので、ここでニクソン政権の政策運営を復習しておこう。同政権の行った政策は、主に1)ベトナム戦争で揺らいでいた米国の「国際的立場の修復」と、それに伴う2)「国内経済の安定化」という2つの大きな目的があった。
まず1についてだが、結論から言えば。ニクソン政権は71年に対中関係の改善を目指す声明を発表、72年2月には米大統領として初めて中国を訪問し、両国関係の改善が実現した。その改善をもって旧ソ連へのけん制を強めた。
2の「国内経済の安定化」は手厳しい評価が目立つ。金融市場にとってニクソン政権と言えば、71年8月の金・ドル兌換停止宣言、いわゆるニクソンショックが想起される。これにより第二次世界大戦終了後から続いてきた「ドルは金と交換可能」という金・ドル本位制を主軸とする国際金融秩序(いわゆるブレトンウッズ体制)が終焉を迎えた。
なぜ、ニクソン氏はこのような政策に踏み込んだのか。直接的には60代後半以降の米国がベトナム戦争や大規模福祉政策の結果、「双子の赤字(財政赤字・経常赤字)」に伴うドルの過剰供給と兌換すべき金の準備不足に直面していたことが指摘される。金・ドル兌換を停止しない限り、ドル相場の暴落懸念が払拭されないため、政治決断に至ったのである。
60年代後半から70年代初頭にかけての米国経済はインフレ率と失業率が揃って高止まりする典型的なスタグフレーションの症状を患っていた。金とドルの交換義務が断ち切られたことでFRB(米連邦準備理事会)の金融政策の裁量が確保され金融緩和へ動けるようになったことや、これに伴う実質的なドル安誘導により輸出競争力が強化されたことで国内景気下支え(失業率改善)を図れるようになったという点はニクソン政権が期待する部分ではあった。
対処療法のニクソンインフレ対策
しかし、インフレに金融緩和と通貨安を割り当てれば当然、インフレはさらに勢いづく。これを和らげるために、71年8月、ニクソン政権は金・ドル兌換停止と同時に経済安定法を制定し、大統領に一時的な価格・賃金統制の権限を付与している。これにより90日間限定で大統領権限の下、あらゆる値上げや昇給、家賃の引き上げが凍結された。これでインフレ期待は短期的に抑制され、実際にインフレ率は下がったが、持続的な傾向とはなっていない。当時の米国が抱えていた構造的なインフレ要因はあくまで財政赤字や賃金インフレ、そして原油依存といった部分にあったため、価格・賃金統制は対症療法にしかならなかった。凍結解除後はインフレが跳ね上がり、適切な価格機能を失った分、物価は乱高下を強いられた。
ニクソン政権時の超インフレとトランプ政策
ちなみに、ニクソン政権は金・ドル兌換停止と同時に輸入課徴金10%を導入している。これは米国の貿易赤字縮小を念頭に、対米黒字国通貨の切り上げを迫るためのカードだった。結果、金・ドル兌換停止と輸入課徴金が発表されてからわずか4カ月後の71年12月のスミソニアン合意で主要通貨(円はプラス16.88%)が一斉切り上げを受け入れている。
第二次トランプ政権の、「追加関税が嫌なら通貨を切り上げろ」という4―5月の言説をほうふつとさせる。
70年代、選挙直前こそスタグフレーション症状(景気悪化とインフレが同時に起こる状況)を抑え込めたものの、経済・金融情勢と矛盾する通貨・金融政策の効果は持続しなかった。具体的には70年から72年にかけてインフレ率も失業率も上昇が抑制されたが、第二次ニクソン政権が始まった73年以降は再び上昇に転じ、第一次オイルショックも相まってCPI(消費者物価指数)は二桁上昇率に及んでいる。79年にかけては第二次オイルショックも重なり、インフレは一段と加速した。結局、79年8月に就任したボルカーFRB議長は80年3月まで政策金利を就任時の倍となる20%近くまで引き上げ、インフレ抑制に全力を注いだ。このボルカー体制での連続利上げでドル高、円安を生み、85年のプラザ合意(ドル高是正と日本の対米黒字削減合意)へとつながっていく。
こうした歴史を現在と比較すると、やはり不安は募る。ニクソン政権の失策として「インフレ的な状況に米国の金融緩和と通貨安を割り当てれば当然、国内インフレはさらに勢いづく。しかし、それは今のトランプ政権がやろうとしていることでもある。実体経済・金融情勢に合わない金融政策運営は最終的には正当化されない。これを無視して金融政策に介入しようとしている以上、予想すべき結末は望まぬインフレとそれに対応する利上げ、結果としての通貨高ではないか。第二次トランプ政権は相互関税を主軸として米国有利な取引を他国に強いており、安全保障の応分負担も要求する。その上、国内ではFRB議長への緩和強要にも余念がない。ニクソン大統領、トランプ大統領の両政権の所業は酷似しており、その結末も似通ってくるのではないかと心配になる。
金融政策への介入に限れば、ニクソン大統領の場合、緩和強要がウォーターゲート事件の証拠テープやバーンズFRB議長の回顧録で後日明らかになったが、トランプ大統領は隠すことなくパウエル議長に恫喝を繰り返しており、中央銀行の独立性への浸食は当時よりも露骨である。
米国の覇権
トランプ氏が関税計画を発表した4月2日の「解放の日」以降、トランプ政権については「トランプ政策はドルの基軸通貨性をおとしめている。覇権国から降りようとしている」という評論が目立つ。しかし、同じような政策を展開してきたニクソン政権を経て米国が覇権国でなくなったわけではない。金融市場ではその崩壊や瓦解がはやし立てられやすいものの、実際は米国が背負ってきた「覇権国の管理コストを減らしつつ覇権国の地位を温存すること」が目的であり、一部で指摘される「米国が覇権国を降りようとしている」は言い過ぎかもしれない。米国の覇権性やドルの基軸通貨性がどこに向かうのかという点については、今後の大きなテーマになってくるだろう。
金融政策への介入
トランプ大統領は現在進行形で隠すことなくパウエル議長に恫喝を繰り返しており、中央銀行の独立性への浸食は当時よりも露骨である。冒頭でも述べたように、2026 年上半期こそ FRB 新体制へ の緩和期待が米金利とドルを押し下げるとしても、2026 年下半期以降もそうなるかは不透明である。FRB 議長を掌握したにもかかわらず意のままに事が進まないことに対しトランプ大統領が苛立ちを覚え、関税政策などを通じて対外的な八つ当たりを起こさないことを祈るばかりだ。例えば利下げが思うほど進まず、ドル高が修正されない状況を受けて「日本は意図的に通貨安に誘導している」、 「円安を相殺するために関税を引き上げる」などと無理筋な主張をしてくる展開は無いとは言えない
2人の歴史的相似形
それにしても、ニクソン大統領とトランプ大統領の歴史的相似形は興味深い。半世紀の時を超えた2人の共和党大統領は、①アメリカ経済に悲観的で、②貿易収支の改善を目指し、③ドルの切り下げを志向して、④関税を発動した。さらにニクソン大統領は、FRBに対して金融を緩和しろと、当時のバーンズFRB議長に圧力をかけたという。ここまでくると「歴史は繰り返す」、と言うべきか。
ニクソン大統領は「南部戦略」、トランプ大統領は「ラストベルト」と、共和党の新たな支持層を掘り起こしたという共通点もある。またニクソン大統領が「中国電撃訪問」によってソ連との冷戦を有利に進めようとしたのに対し、トランプ大統領はロシアに接近することで中国を孤立化する「逆キッシンジャー戦略」を狙っているとの観測も絶えない。
「ニクソンショック」と「トランプ相互関税」の歴史的な2人の政策を類推すれば、相互関税が短命に終わることも十分に考えられよう。また、ニクソンショックが固定相場制にとどめを刺したことを考えれば、トランプ関税は歴史の大きな転換点になると捉えることもできそうだ。
また、マーケット的な見地からは、トランプ関税の形骸化は株価を押し上げる好材料ということになる。ただし、1970年代のようなスタグフレーション再来とならないことを祈る必要があるだろう
2人の政策をまとめる
最後に、二人の大統領の政策の類似点をまとめておく。前者1がニクソン大統領、後者2がトランプ大統領とする。
まず通商政策は、1が輸入課徴金10%、2は相互関税政策 共通点はどちらも保護主義志向。次に通貨政策は1が金ドル兌換停止、2はマールアラーゴ合意におけるドル安志向、共通点はドル安志向、次は、金融政策、1はバーンズFRB議長に利下げ圧力、2はパウエルFRB議長に利下げ圧力、共通点は低金利政策。外交政策は1がニクソン・ドクトリン、同盟国に自国防衛費負担を増価させ、米軍は直接介入を減らす。2はアメリカファースト、NATOや日韓に防衛費増加を要求。共通点は同盟国に安全保障の応分負担を要求。いずれもインフレ下の金融緩和を志向しており、リスクはスタグフレーション。トランプ政策をこのまま進めていけば、ニクソン政策が陥ったように米国経済をスタグフレーションに陥れるだろう。その場合、世界経済は大きな影響を受けることになる。
トランプ関税は違法?
このマンスリーレポートを書いている最中にニュースが飛び込んできた。トランプ米大統領による世界的な関税措置を巡り、法廷闘争が激化している。国際緊急経済権限法(IEEPA)に基づいて発動されたこれらの関税が違法であると、連邦高裁が判断したことで、世界貿易の混乱がさらに深まることが想定される。
実はこのIEEPAには、前身となるTWEA(Trading With the Enemy Act of 1917=敵国交易法)という法律があり、1971年8月15日にニクソン大統領が「ドル金交換一時停止」、いわゆる「ニクソンショック」を発動した際に使われたことがあるという。今回のトランプ大統領による相互関税は、半世紀前の「ニクソンショック」にそっくりなのだ。
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■レポート著者 プロフィール
氏名:太田光則
早稲田大学卒業後、ジュネーブ大学経済社会学部にてマクロ経済を専攻。
帰国後、和光証券(現みずほ証券)国際部入社。
スイス(ジュネーブ、チューリッヒ)、ロンドン、バーレーンにて一貫して海外の 機関投資家を担当。
現在、通信制大 学にて「個人の資産運 用」についての非常勤講師を務める。
証券経済学会会員。
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