『トランプが描く「次の世界秩序」に日本が必要』
日本時間の7月23日早朝までに米国のトランプ大統領と、赤澤経済再生担当大臣の交渉がまとまり、日本への相互関税は15%、自動車関連も15%へと、トランプ大統領との関税戦争の決着がついたように見えた。(8月1日 文責太田)
目 次
1、関税15%、自民党大敗でも株価暴騰の違和感
2、関税15%と80兆円の米国への投資、利益の9割は米国へ
3、参政党の躍進
4、選挙後の日本株は比較的冷静に始まった
5、トランプ政権で新自由主義の終焉
6、新自由主義と日本の「失われた30年」
7、新しい世界秩序での日本の立ち位置
8、日本の市場は日米連携をすでに意識している
関税15%、自民党大敗でも株価暴騰の違和感
関税率が決定したことを受けて日本の株式市場は狂喜乱舞し、同日の日経平均は前日比1396円も上昇して終えた。翌24日もさらに655円上昇した。その背景を想定すると、日本に続き、米国とEUの交渉も終結しそうだ、さらには米中の会談ももしかしたらまとまるかも、という期待が膨らみ、この日の世界中の株式が全面高となった。
その直前に行われた参議院選挙は自民党の大敗という結果だったが、一時の最悪の想定から見ると、いくらか安定が得られ、大幅高を後押しする材料になっているのかもしれない。
しかし、最終的な投票結果を見ると、自民党は最悪よりは少しだけましな結果だったし、自民党政権内でも新しい首相が選出され、混乱すると思われたのが、石破氏は、真意はともかく、辞任しないと宣言したため、もしかしたら、少なくとも8月あるいは9月の衆議院が開会されるまでは、政治的な大混乱は先送りされるかもしれない。
23日の日本株は、関税問題を受けて世界株をはるかに上回る暴騰をしたが、かなり違和感を感じた。トランプ関税。トランプ大統領就任前と比べれば、単に、すべての対米輸出に15%関税がかかるようになった、ということだ。大雑把に言えば、対米輸出から得られている利益の半分が吹き飛んでもおかしくない。いや、トヨタ自動車のレクサスなどは、もともと利益率が高いからそれで済むが、部品メーカーやそのほかの雑多な輸出品の利益が吹き飛んでもおかしくないだろう。
関税15%と80兆円の米国への投資、利益の9割は米国へ
一方で、対価として、日本は米国に投資の名目で80兆円の金を差し出すのである。輸出を締め出され、その見返りに80兆円巻き上げられる。これで、なぜ株価が上がるのか。
株価が上がった理由は、いつまでも決着がつかないのが最悪だ、15%かけられてもどうなるかわからないよりましだ、これで対策が立てられ、動き始めることができる。不透明性、不確実性が最悪だという理屈だろう。確かにそうかもしれない。
いや、当初は25%だった。15%に下げられたのだから、最悪の予測から改善した。だからプラスだという人もいる。しかし、25%と言われたときは、「いや、トランプ大統領は『TACO』(Tramp always chicken outトランプ大統領はいつもビビってやめる)であり、言っているだけで、結局何もできやしない」ということで、25%が打ち出されたときは、株価は25%を無視していたのではなかったか。結局、トランプ大統領は「どうせ何もできない」どころか、ほぼすべてのものに15%をかけてきたのである。それでも、当日の株式市場はそれを大喜びした。
そのうえで、80兆円巻き上げる。米国政府が指定するものに投資させられ、かつ9割は米国のものだと。つまり、80兆円の9割、72兆円は、ただくれてやるのと同じである。投資はもともと自由にできるのに、米国に干渉されて投資を行う。これのどこが、日本経済にプラスなのか?
トランプ関税は世界経済にとっても、米国経済にとってもマイナスである。関税で守るということは、米国の生産性の改善は止まる。競争力はさらに落ちていくだろう。米国内の製造業は、これで終わる。消費者も、結局購買を控えるようになるだろう。しかし、世界にとってはもっと悪い影響がある。
確かに、米国の目的は、関税で税収を得て、所得税・法人税減税をするだけかもしれない。
しかし、関税というのは、価格そのものを変える。市場経済においてもっとも重要な価格メカニズムによる資源の効率配分機能を直接的に阻害する。だから、税制の中でもっとも経済にマイナスのものなのだ。したがって、世界経済はなにがあっても悪化する。
参政党の躍進
一方、日本の政治については、今回参議院選挙では国民の不満が噴出したと言えるだろう。参政党はなぜ躍進したのか。それは、とらえどころのない国民の不満をぶつけ、ある種の「革命ごっこ」を楽しんだからかもしれない。
外国人が悪いと罵り、悪口で憂さ晴らしをするのではなく、日本社会、日本政治の秩序を壊す、破壊するという暴力的な快楽を味あわせる、その破壊活動に参加する機会を参政党は提供したのである。また、参政党は、憲法草案を提示したが、これは、真の革命であるイメージを与えるための戦術であろう。ここでいちばんの問題は、その中身の是非ではない。参政党の支持者を熱狂させているのが、憲法草案に書かれた中身にあるのではなく、憲法草案を作った、提示した、というその行為(ごっこ)が存在することにあるのである。つまり、中身の巧拙、是非はどうでもいいのだ。
選挙後の日本株は比較的冷静に始まった
しかし、参政党にとって次のステージに進むには、同じことではいけない。次の選挙でまた議席を一定数とることだけではいけない。古いメディアたちがびっくりするほど、飛躍的にさらに議席を増やすか、あるいは政権に参加するかである。前者は可能だが、後者は、それを試みれば、結局、失速することになるであろう。なぜなら、革命ごっこの主体ではなくなるからだ。前回の衆議院選挙後、あれほど勢いがあった国民民主党の勢いが、一時衰えたのと同じように、現実の政治にまみれれば、熱狂している集団の個々人は、われに返って、覚めてしまう。つまり、革命または革命ごっこというものは加速するか、成功するか、さもなければ消えてしまうのである。
選挙後の22日の日本の株式市場もトランプ関税15%発表の直前だったが、比較的冷静にスタートしたのはなぜかと思い悩んだ。想像するに、自民党の大敗という話題より、大げさに言えば、はるかに大きな世界経済の流れの中での日本経済の変化があると市場は捉えているのかもしれない。
トランプ政権で新自由主義の終焉
2025年2月、季刊誌「資本市場」にBNPパリバのチーフエコノミストである河野氏が「自由主義はなぜ失敗したか」という随筆を書いている。ソ連崩壊の1990年以降、世界の経済は「新自由主義」と言われてきた。新自由主義とは性別、人種、国籍など属性が異なる個人が市場を通じて自由に参加できる価値観のことだ。バイデン政権までは世界の価値観は新自由主義が主流だったのだ。
河野氏の随筆によると、トランプ政権での副大統領であるJ・D・ヴァンス氏は、政治家としてではなく、統治哲学に ついても的確な言葉で語ることができる知識人と見られているが、そのヴァンス氏が自らを ポスト・リベラリズム(自由主義以後)と自認しているのである。つまり現在のトランプ政権の政治哲学は反自由主義と解釈できる。今回のトランプ政権での「アメリカファースト」「高関税」などアンチ自由主義になる。
新自由主義と日本の「失われた30年」
90年以降の世界秩序を支えてきたのは新自由主義的世界観だったのだ。1930年以降世界のシステムを支配したのは「大きな政府」であり、91年のソ連崩壊を機に「小さな政府」が世界標準となったのだ。この新自由主義の世界観で90年以降の日本経済のビジネスモデルが壊れ「失われた30年」に突入したのだ。この90年代の新自由主義世界で最も恩恵を享受したのが中国だった。今や中国も米国に挑戦する姿勢を隠そうとしない。これを米国は黙って見過ごすはずがない。そうした状況の中でトランプ第2次政権が始まったのだ。
米国は常に自らの地位を脅かす存在を叩く。90年代の日本が叩かれたのも、80年代代まで東西冷戦下での日本経済が勢いつき、米国を脅かしたからだ。そして今トランプ政権では中国を封じ込めることになる。中国封じ込めるには、強力な日本の協力が不可欠になってきている。
バブル崩壊以降の日本の経済停滞の最中、1990年代後半以降における労使の間では、基本給を引き上げる「ベースアップ」よりも、中長期的な雇用の安定が重視されてきた。2000年に入って「ベースアップ」はほぼゼロ。2000年代のデフレ下において物価上昇に対応する必要性が薄まったことも、ベアが下火になった一因であろう。
新しい世界秩序での日本の立ち位置
7月18日までの週で国内の株式市場で海外投資家が買った株式の額は売った額を大きく上回り、16週連続の「買い越し」となっている。これは2012年11月から2013年3月まで当時の経済政策=アベノミクスへの期待感などから18週連続で買い越しとなったとき以来の長さになる。今回は、関税問題で先行き不透明だったにもかかわらずだ。おそらく、トランプ政権下での日本の立ち位置を海外投資家は想定していると推測する。
市場参加者が見解を変えるようになったのが、2023年の春闘のベア復活だった。ベースアップはほぼ3%強に達したのだ。ベア復活を受けて日経平均は23年春ころから上昇基調に入っている。当時2万6000円台だった日経平均は今4万円を超えてきた。
日本の市場は日米連携をすでに意識している
米国は強い日本を必要としている。1991年のソ連崩壊までの敵はソ連であり、主戦場が欧州だった。しかし、今度は中国が相手なので、主戦場は東アジアになる。第1次トランプ政権時代にまとめられた対中基本政策である「インド太平洋のための米国の戦略的枠組み」では、日本が技術的に進んだ柱となるよう米国は助力するとしている。つまり先端技術の分野で中国ではなく日本がこの地域でのコアになるという方針を持っているのだ。実際、それ以降半導体のサプライチェーンの再構築や米IT 企業の日本でのデータセンター投資が相次いだ。
この100年、日本は世界の覇権国家に何度か愛され、そして2度嫌われた経緯がある。最初は英国から当時の帝政ロシアの勢力を抑えるため、2度目は米ソ冷戦下のソ連を封じ込めるため、そして今回は中国を意識した日米連携の動きが始まったようだ。どうやら日本の株式市場はそのことを意識し始めているように思える。
この先、日本は相対的な勝者になるだろう。相対的とは、過去のとの比較と他者との比較のことだ。つまり、第1は過去30年の新自由主義的世界の時代と比べ、そして第2は世界経済全体の中で勝ち組に入ることだ。
今まさに、世界は米国を地殻変動の震源地とする大転換が起きようとしている。欧州でもそうだが、リベラル派(自由主義)は衰退、替わって右派が台頭している。米国は覇権国家であるため,覇権を守るため中国を叩きつつある。この世界の転換点は日本にとっても、3度目の転換点になる。
バブル崩壊前の1980年代の日本の名目GDPは6%近くあった。バブル崩壊後、日本は雇用(終身雇用)を守るためデフレを選んだのだ。そして、ここにきて新自由主義の世界で支えられた「低インフレ「低金利」の時代は終わろうとしている。日本でも最近のニュースを見ていても「ゾンビ企業」は淘汰されつつある。当然「ゾンビ社員」も淘汰され、これまでと違った社会が生まれつつある。日本は欧米の価値観に合い始めてきている。そして世界の半導体のサプライチェーンの再構築の一端を米国主導で日本が担うことになる。この先新自由主義経済の下で出遅れた日本株は海外投資家からも世界で最も魅力的な市場に映ってくるのは明確だ。
———————————–
本資料、一般社団法人FLSG(以下当会といいます。)が投資家の皆様に情報提供を行う目的で作成したものであり、投資の勧誘を目的に作成されたものではありません。本資料は法令に基づく開示書類ではありません。本資料の作成にあたり、当会は情報の正確性等について最新の注意を払っておりますが、その正確性、完全性を保証するもではありません。本資料に記載した当会の見通し、予測、意見等(以下、見通し等)は、本資料の作成日現在のものであり、今後予告なしに変更されることがあります。また、本資料に記載した当社の見通し等、将来の景気や株価等の動きを保証するもではありません。
■レポート著者 プロフィール
氏名:太田光則
早稲田大学卒業後、ジュネーブ大学経済社会学部にてマクロ経済を専攻。
帰国後、和光証券(現みずほ証券)国際部入社。
スイス(ジュネーブ、チューリッヒ)、ロンドン、バーレーンにて一貫して海外の 機関投資家を担当。
現在、通信制大 学にて「個人の資産運 用」についての非常勤講師を務める。
証券経済学会会員。
Monthly