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Monthly Report

Monthly Report 2025年7月号

『ドル安でなくドル離れが進むか』

6月、イスラエルとイランによる一時全面戦争の可能性が急激に高まった。こうしたリスクが表面化すると、投資家が世界基軸通貨の安全性と流動性を求める結果、ドルが即座に大幅上昇するというのが通常の考え方だった。(7月1日 文責太田)

目 次
1、ドルは世界の逃避先通貨だった
2、トランプ相互関税後、明確なドル離れ
3、中央銀行も米国債から手を引く
4、2025年後半の為替市場では
5、米国債の3分の1は外国人が保有
6、トランプ政権が続くかぎり「ドル離れ」は続く

ドルは世界の逃避先通貨だった

しかし6月13日、そうしたことは起こらなかった。そして22日に米国よるイランの核施設などへの攻撃と、イランの報復攻撃に対するドルの反応は弱々しかった。円ドル相場は23日一時148円台にドル高円安となったが、それは続かず。主要通貨に対するドルの価値を示すドル指数は13日に0.25%、23日は約0.7%の上昇にとどまった。

6月13日は米国株と米国債はこの日に急落しており、それに比べるとドルが健闘したのは確かだ。しかし原油価格が7%超、ゴールドが15%、それぞれ急伸したことに照らせば、「質への逃避」によってドルは0.25%どころではない、もっと大きく上昇を示してもおかしくなかったはずだ。

過去の中東紛争と比較してみると、2006年に起こったイスラエル・レバノン戦争の最初の週、そして昨年のイスラエルによるレバノン南部への侵攻後の1週間を見ると、ドルはいずれも2%余り上昇している。

今回の中東紛争に対するドルの反応を裏付けるのは、トランプ大統領がここ数カ月で打ち出したな政策を見て、投資家が多額のドル投資を見直しつつあるという見方だ。

世界の投資家のこれまでの認識は「ドルは逃避先通貨であり、世界的なリスクが高まると上昇する」だった。ドルは世界の通貨準備12兆ドルの約60%を占め、ユーロの20%に大きく差をつけている。世界の債務の約3分の2はドル建てで、世界の為替取引の90%近くがドルと他通貨の取引だ。

トランプ相互関税後、明確なドル離れ

今年1月のトランプ大統領就任以降、ドル指数は下落トレンドにある。特に4月2日に米トランプ政権が世界の貿易相手国に対して賦課する「相互関税」を発表すると、ドルの下落が加速。5月に入ってからもドル全面安は続いた。今年の年初1月6日ドル指数は109.48、そして4月2日に99.89になり、6月30日は96.35で終えた。具体的に、対ユーロでは年初から14.76%下落、対円では8.92%ドルは下落している。

これは単純なドル安とは言えないだろう。単なる「ドル安」と「ドル離れ」は大きく異なる。相互関税発表後のドル安は、明らかに「ドル離れ」と言えかもしれない。米長期金利の低下を伴うような一般的なドル安との決定的な違いは、今回は米長期金利の上昇(米国債価格の下落)とドル安が同時進行している点だ。トランプ関税により米国のスタグフレーション懸念が高まったことに加え、米財政懸念も広がるなか、米国の長期債の保有リスクに対する期間に伴う上乗せ金利であるタームプレミアムが上昇。米国債とドルに対する信認が低下し、米株、米国債、ドルのトリプル安に繋がった。これを受けてトランプ政権は相互関税の90日間の一部停止に踏み切らざるをえなかった。それほど、米国政府にとって米国債やドルの信認低下は深刻な脅威であることがわかる。

 今回のドル離れとは真逆の展開だったのが、2020年の「コロナショック」だった。同年3月、WHO(世界保健機関)のテドロス事務局長が「新型コロナウイルスはパンデミックと言える」と述べると、金融市場が世界的にリスクオフに傾き、景気後退が織り込まれるなか米長期金利は急低下。同時にドルは急騰し、いわゆる「有事のドル買い」が起きたのだ。

想定外の危機に見舞われた時、金融市場ではキャッシュを手元に持とうとする動きになる。そして、国際的に最も資金決済に利用されているのが世界の基軸通貨であるドルであり、いざという時はドルに対する資金需要が急速に高まるためにドル高が進みやすくなるのだ。「有事のドル買い」はドルの信認が高いからこそ起きる現象と言えるだろう。

中央銀行も米国債から手を引く

今回、単純な「ドル安」でなく、「脱ドル」と世界の投資家が話題にする中で、外国投資家の主要な集団の一つである中央銀行が米国債から静かに手を引いているようだ。

データを見ると、外国の中銀が保有する米国証券は、ニューヨーク連銀発表の「預かり資産」の最新データでは、中銀が保有する米国債や他の米国証券の額は着実に減少している。

米国資産に対する外国の需要を測る方法は多くあるが、ニューヨーク連銀はデータを週次で発表しており、これは中銀の資産動向を示す指標としては限りなく「リアルタイム」だ。

ニューヨーク連銀が6月2週に発表したデータによると、外国の中銀がニューヨーク連銀に預ける米国債は約2兆8800億ドルと、1月以来、約5カ月ぶりの低水準に落ち込んだ。前週より174億ドル減り、減少額としても1月以来の大きさだった。

住宅ローン担保証券(MBS)や政府系金融機関債券などを含めたニューヨーク連銀による外国中銀の米国預かり資産は総額3兆2200億ドルと、2017年以来の低水準となった。 この数値は4月2日にトランプ米大統領が貿易相手国への関税引き上げを発表した「解放の日」の騒動が起きる直前の3月以来、約900億ドル減っている。減少分の半分超は国債が要因だ。

2025年後半の為替市場では

2025年が折り返しを迎えた。上半期の為替相場を振り返り、年後半の展望を探っておくことにする。

ドルは上半期として1988年以来最も低調な運用実績にとどまろうとしている。ドル売りがあらゆる投資家から、あらゆる場所から、あらゆる資産クラスで出ているようにみえる。

ドル売りの圧力は米国外の投資家が当然ながら売りの大半に関与している。世界中の投資家は徐々にドル建て資産の投資比率を引き下げているようで、ドルが主要通貨バスケットに対して3年半ぶりの安値まで下落した。しかし、米国債関連のドル売り圧力は主に欧州の投資家から、債券関連の売りは主にアジアから生じている。

欧州の年金基金や保険会社などの機関投資家といった「リアルマネー」投資家が2025年第2・四半期のドル売りの主な原動力となっており、ほんの数週間でドルの保有量を22年以来の最低水準まで減らした。

しかし、事情はそれほど単純でないかもしれない。欧州の投資家は最近、ドルのヘッジ比率(ドル売り)を高めている状況が注目されている。他方で調査によると、過去数カ月でドルの1日当たりの平均的な下落の多くはアジアの取引時間中に起きており、アジアの米国債保有者もドルヘッジを増やしている可能性を示唆している。

そうすると、ドルにとってより大きな重荷となっているのはどちらだろうか。株式主導の地理的分散か、債券売却か。そして、売りの主な発生源は欧州か、それともアジアか。

米国株の外国人保有額が米国債よりも名目上大きいため、株式に原因があると指摘する人がいるかもしれない。しかし、割合で見ると、外国人投資家の米国債市場に対する影響の方が大きい。


米国債の3分の1は外国人が保有

BIS(国際決済銀行)によると、外国人は米国証券を31兆ドル以上保有しており、そのうち17.6兆ドルが株式、13.6兆ドルが債券だ。これは米国株式市場全体の約18%、米国の政府系・社債市場の21%、米国債市場の約3分の1に相当する。

UBSのアナリストによると、ユーロ圏の投資家は外国人保有の米国株の25%を占めており、米国株をここ数年間で大量に購入してきた。こうした事情から米株式市場が欧州市場やアジア市場よりも低調な運用実績を続ければ、ドルが特に弱くなるとみている。

さらに詳細に分析すると、外国人投資家のドル建て資産のうち、ヘッジされていない純資産は合計23.5兆ドル。このうちG10諸国(日、米、英、独、仏、伊、加、オランダ、ベルギー、スウェーデン)の投資家が13.4兆ドルを保有しており、株式が9.3兆ドル、債券が4.1兆ドルだ。これらは非常に大きな数字であり、ちょっとした保有量の調整でも世界的に大規模な資金移動を引き起こすだろう。

UBSはG10 諸国がドル保有量を仮に5%減らせば、約6700億ドルのドル売りにつながると試算している。G10 諸国の多くはもちろん欧州に存在しており、そうした売りの大半は欧州から生じるだろう。

欧州の投資家はこれまでのところ主に株式を売却してきたが、過去10年間、特に欧州中央銀行(ECB)の主要金利がマイナスだった2014年から22年にかけて、米国債に対する投資比率を高めたことも念頭に置くべきだ。

UBSの試算では、ユーロ圏の投資家は14年以降、3.4兆ドルの外国債券を購入している。だから、米国債に対する投資比率をわずかでも減らすような資産再配分を実施しただけでも価格に大きな影響を与える可能性があるだろう。

とはいえ、このところアジアの投資家は外国人保有の米国債および政府系債券の約3分の1を保有しており、依然として米国債市場でより大きな影響力を持っているようにみえる。さらに、ユーロ圏、カリブ海諸国、英国の保有分はとりわけ中国などアジア諸国の代理で保有している分も含んでいるため、保有比率はたぶんもっと高くなるだろう。

現時点では、米国資産の大規模な売却は起きておらず、そうした可能性は低いとみられる。しかし、注目すべきなのは民間投資家がここ数年間、米国資産の主要な買い手として中央銀行に代わって保有量を増やしている点だ。

民間投資家は一般的に公的機関よりも価格に敏感だとみなされている。つまり、特に「米国の例外的な強さ」が揺らぎつつあるという見方が本当に定着すれば、こうした保有量はこれまでよりも不安定になるかもしれない。

トランプ政権が続くかぎり「ドル離れ」は続く

ドルの動きを決定付けるトランプ大統領の政策推進において以下3つの課題が改めて浮き彫りとなった。

第1に、関税引き上げの脅しをかければ、各国は米国に従うという考え方が変わっていないこと。第2に「米国内での製造」に強く執着するあまり、関税が米国経済全体に及ぼす影響については考慮していないこと。第3に、方針の発表があまりにも唐突かつ不規則であること――の3点である。

これらを踏まえると、投資家にとっては安心して米国に資産を預けられる環境とは言い難い。米国は巨大なマーケットであり、米国市場に投資している世界の投資家がリスクを一部減らそうとするだけで為替相場へのインパクトは大きくなるはずで、「ドル離れ」によるドル安圧力は、25年後半もしばしば強まる局面がありそうだ。また、こうした政策の不確実性自体が企業や家計の経済活動を萎縮させ、米国自体の景気を冷やしたり、再び米国の信認低下を招いて「米国売り(トリプル安)」を引き起こしたりするリスクもあり、少なくとも年内の金融市場ではボラティリティーの高い展開が続くとみている

米財政の健全性と政策の不透明感を巡る懸念により、ドルの「逃避通貨としてのアイデンテイティー」が損なわれていくのかもしれない。トランプ氏の政策を海外に押し付ける様を「火遊び」していると表現するエコノミストもいる、痛みの伴わないように見える緩やかな通貨安が、海外資金に依存している国の場合、突如として急落に転じるリスクがある。「今、米国は海外投資家の善意にますます依存している」ということをトランプ政権は忘れてはならないだろう。

ECB(欧州中央銀行)ラガルド総裁は6月17日、ブログで「今こそグローバルユーロとなる好機だ」」と決意を示した。欧州債発行を増やすことでユーロをドルの代替え通貨を目指す決意だったのだろう。過去、基軸通貨をめぐる議論は幾多もあったが、トランプ政策はドルの基軸通貨離脱の危機を十分含んでいる。基軸通貨の最大のアドバンテージは、国内の景気や雇用状況に応じて金利を調整できることだ。米国は国内の要因だけで決めることができるが、米国が金利を上げるなど世界のマネーの流れを主導しているのだ。

足元では、米株式市場は史上最高値を更新中。それにつられて世界の株式市場も高く、日経平均は4万円を回復している。30日の外国為替市場では、1ユーロ1.17ドルとドルは4年ぶり安値になっている。基軸通貨としてのドルの機能についてのこれからも議論はまだまだ続くだろう。

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本資料、一般社団法人FLSG(以下当会といいます。)が投資家の皆様に情報提供を行う目的で作成したものであり、投資の勧誘を目的に作成されたものではありません。本資料は法令に基づく開示書類ではありません。本資料の作成にあたり、当会は情報の正確性等について最新の注意を払っておりますが、その正確性、完全性を保証するもではありません。本資料に記載した当会の見通し、予測、意見等(以下、見通し等)は、本資料の作成日現在のものであり、今後予告なしに変更されることがあります。また、本資料に記載した当社の見通し等、将来の景気や株価等の動きを保証するもではありません。

■レポート著者 プロフィール
氏名:太田光則
早稲田大学卒業後、ジュネーブ大学経済社会学部にてマクロ経済を専攻。
帰国後、和光証券(現みずほ証券)国際部入社。
スイス(ジュネーブ、チューリッヒ)、ロンドン、バーレーンにて一貫して海外の 機関投資家を担当。
現在、通信制大 学にて「個人の資産運 用」についての非常勤講師を務める。
証券経済学会会員。

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