Instagram  tiktok

Monthly Report

Monthly Report 2025年5月号

『トランプ政策を考察』

ちょうど、4月末でトランプ政権が始まってから100日目を迎えた。「まだ100日しかたっていないのか?」と唖然とするくらい、この間にいろんなことが起きたものだ。中でも頭が痛いのがトランプ関税である。(5月1日 文責太田)

目 次
1、ニクソンとトランプ、2人の大統領
2、ニクソンショックから変動相場制へ
3、トランプ政策の理論的支柱である「マール・ア・ラーゴ合意」
4、3つのポイント
5、ドルの基軸通貨放棄の可能性?
6、ドル安相場の収束なるか
7、トランプ政策で資産価格も見通し変更?

ニクソンとトランプ、2人の大統領

米国は昔から「外国を驚かす国」であった。サプライズは、何もトランプ氏の専売特許ではないのである。1971年8月15日に当時のニクソン大統領が「ドル金交換一時停止」、いわゆる「ニクソンショック」で日本中、いや世界中が動揺していたことを思い出した。 

また、ニクソンショックが固定相場制にとどめを刺したことを考えれば、今回のトランプ関税は歴史の大きな転換点になると捉えることもできそうだ。

それにしても、ニクソン大統領とトランプ大統領の歴史的類似点は興味深い。半世紀の時を超えた2人の共和党大統領は、①米国経済に悲観的で、②貿易収支の改善を目指し、③ドルの切り下げを志向して、④関税を発動した。さらにニクソン大統領は、FRBに対して金融を緩和しろと、時のアーサー・バーンズFRB議長に圧力をかけたという。ここまでくると見事に「歴史は繰り返す」のだ。

ニクソンショックから変動相場制へ

しかるに「ニクソンショック」は、竜頭蛇尾の結果に終わる。4カ月後の12月18日、ワシントンのスミソニアン博物館に集まったG10の交渉により、「スミソニアン協定」が締結される。為替レートは1ドル=360円から308円となり、ニクソン大統領は追加関税を取り下げる。ただし米国経済は、その後もインフレに苦しむことになる。為替レートもなし崩し的に変動制に移行し、今日に至るもそのままである。

 ニクソン大統領は「南部戦略」、トランプ大統領は「ラストベルト」と、共和党の新たな支持層を掘り起こしたという共通点もある。またニクソン大統領が「中国電撃訪問」によってソ連との冷戦を有利に進めようとしたのに対し、トランプ大統領はロシアに接近することで中国を孤立化させる「逆キッシンジャー戦略」を狙っているとの観測も絶えない。

トランプ関税に関しては、マーケット的な見地からは、その形骸化は株価を押し上げる好材料ということになる。ただし、1970年代のようなスタグフレーション再来とならないことを祈る必要があるだろう。

トランプ政策の理論的支柱である「マール・ア・ラーゴ合意」

トランプ政権の経済政策ほど物議をかもす政策は珍しい。そうしたなかで、大統領経済諮問委員会(CEA)の委員長であるスティーブン・ミラン氏が昨年11月に公表した、「マール・ア・ラーゴ合意」と言われるレポート。このレポートは先月号でも述べたが、トランプ氏の別邸にちなんで名付けられたもので、トランプ関税・通貨政策に対して理論的な支柱を提供するものと思われる。このレポートの正式な題目は「国際通商体制の再構築に向けたユーザーズガイド」で、このレポートから見ると、トランプ政権が高関税によって最も得たい果実は、「ドル安」と「米国債の債務再編」であることがわかる。

3つのポイント

 このレポートのポイントは3点ある。まず第1にドル高是正の必要性を説いている。第2は、関税、通貨、安全保障を一体化させつつ、国際通商体制の再構築を志向している。第3は、市場のコンセンサスを否定することである。具体的には市場での自由な価格形成を否定し、積極的な市場介入を認めることにある。つまり諸外国の協力が得られないドル高是正は難しいとのコンセンサスを否定しており、米国単独でも可能としている。

 第1のドル高是正について、為替の総合的評価である実効ドル相場を見てみると、過去10年以上、たしかにドルの上昇局面が続いており、実質ベースでみると、1985年のプラザ合意前後の水準に接近している。ミラン氏のレポートでは、このドル高が米輸出企業の競争力を削いでおり、現在の国際通商体制が抱える問題の根底にあると主張している。つまり米国の経常赤字と表裏一体の海外当局の外貨準備需要がドル高をもたらしていると解説している。そうだろうか。貿易赤字の根底には米国の過剰消費があり、この数年のドル高は海外当局というより、米国経済のへの信認に伴う民間資本流入によるドル買いが要因だろう。

 第2の関税、通貨、安全保障の一体化だが、関税引き上げにはインフレを伴い、インフレを抑制するためにはドル高が有効である。したがってドル高是正は関税問題の後にくると想定している。この一体化には、安全保障の応分の負担を貿易相手国にドル安を強いることになる。ドル高是正を円滑に進めるには、最大の米国債保有国である日本が重要なポイントになるのではと思っている。日本とは関税引き下げと同時にドル高是正を交渉するのではないだろうか。近年の日本の貿易赤字が円安の一因として問題視されている以上、ドル高是正は日本にとっても「渡りに船」という側面もある。円安是正に反対する理由はあまりないだろう。

 筆者はこれまで、円安の背景として、国際収支構造の変化に象徴される円の構造変化とそれに伴う弱さと指摘してきた。その構図は今も不変である。しかし、今足元で起きていることは、トランプ政権による戦後の国際経済秩序「ブレトンウッズ体制」の再編という壮大な野望とこれに呼応した米国離れ、4月以降それに伴うドル全面安である。ベッセント財務長官は「ブレトンウッズ体制の再編に関与したい」と明言している。140円割れの円高は円が見直されているわけではなく、ドルが自滅しているだけだ。この点は極めて重要である。


ドルの基軸通貨放棄の可能性?

世界中が米国債を保有し、経済取引にドルが必要な状況があり、有事の際にはFRB(米連邦準備理事会)との無制限スワップに依存せざるを得ないという状況こそドルの基軸通貨性を担保しているのである。端的には「困ったらドルが必要」という状況がドルを基軸通貨足らしめている。しかし、トランプ政権においては外国人の米国債保有に関し、課税や年限長期化(100年国債など)を検討しているという説も取りざたされる。「困ったらドルが必要」どころか、「ドルを持つと困る」という状況であり、基軸通貨の地位を保ちたいのであれば狂気の沙汰である。保有にコストがかかり、用途が限られてしまうような通貨を基軸通貨として使うことはできない。トランプ氏もベッセント氏も基軸通貨性の放棄までは考えていまい。このような案が日の目を見ることは無いだろう。しかし、基軸通貨の本質は使い勝手の良さにある。ドルを使いにくくするなら基軸通貨としてドルを信頼したくない人が増えるだけだ。基軸通貨の座を堅持しつつ、ドルの評価を落とそうとするのは完全に二律背反ということになる。

ドル安相場の収束なるか

ドルの凋落はトランプ政権とて望んではいまい。相互関税の90日間停止の判断は、米国債利回りの急騰(米国債価格の急落)に促されたと解釈されている。米政権はドル安は欲するものの、それで米国債離れまで起きて欲しいとは思っていない。ドル安を望むが、米国債安は望まないという、なかなか難しい条件だ。

現時点のドル安は米国債利回りの急騰と表裏一体となっている。つまり、ここからさらにドル安を薦めるということは、米国債利回りの上昇を米国が甘受するということにもなりそうである。その際は1ドル130円台、120円台の円高も否定できない。だが、そうした円高は「ドル凋落」を見越すという意味でもある。本当にそれが現実的なシナリオなのか。強い米国の復活を目論むトランプ政権が基軸通貨という特権を捨てるだろうか。現時点では到底考えられない

安全保障面で米国に全面依存する日本は世界最大の米国債保有国として今後も米国にとって安定的な投資家と見込めるだろうが、中国を含めたそのほかの投資家は日本のように従順ではない。トランプ大統領の面子を保ちながら関税政策は軌道修正が図られ、ドル安相場も収束に至るというのがメインシナリオだろう。そうなることを期待するしかない。

トランプ政策で資産価格も見通し変更?

トランプ政策における関税とドル安によって米国の製造業が復権するというのは幻想にすぎない。米国はハイテク、バイオ、金融などの高付加価値分野で国際競争力優位を誇っていることが、世界のヒトやカネをひきつけてきたのだ。

もし、1971年のニクソンショック、1985年のプラザ合意などに肩を並べるほどの歴史的事件が起きようとしているのであれば、為替に限らず、あらゆる資産価格のこれまでの予想は無効になる。

———————————–

本資料、一般社団法人FLSG(以下当会といいます。)が投資家の皆様に情報提供を行う目的で作成したものであり、投資の勧誘を目的に作成されたものではありません。本資料は法令に基づく開示書類ではありません。本資料の作成にあたり、当会は情報の正確性等について最新の注意を払っておりますが、その正確性、完全性を保証するもではありません。本資料に記載した当会の見通し、予測、意見等(以下、見通し等)は、本資料の作成日現在のものであり、今後予告なしに変更されることがあります。また、本資料に記載した当社の見通し等、将来の景気や株価等の動きを保証するもではありません。

■レポート著者 プロフィール
氏名:太田光則
早稲田大学卒業後、ジュネーブ大学経済社会学部にてマクロ経済を専攻。
帰国後、和光証券(現みずほ証券)国際部入社。
スイス(ジュネーブ、チューリッヒ)、ロンドン、バーレーンにて一貫して海外の 機関投資家を担当。
現在、通信制大 学にて「個人の資産運 用」についての非常勤講師を務める。
証券経済学会会員。

Monthly

関連記事