『トランプ政策の転換点を探る』
トランプ大統領が自動車関税25%を3月26日に発表してから株式市場は悲観一色になってしまった。果たして一体いつ頃には市場の織り込みが完了するのだろうか。4月29日のハネムーン100日目が一つの目安とみている。(4月1日 文責太田)
目 次
1、4月は関税発効とハネムーン100日目が来る
2、7月も株価の大きな転換点になる
3、リスクの点検
4、「マールアラーゴの合意」とは
5、トランプ支持率低下が政策の軌道修正へ
4月は関税発効とハネムーン100日目が来る
マーケットを見ている人のほとんどが「こんなはずじゃなかった」と思っているに違いない。特に、株式投資に関してはそうだ。2024年1月に新NISA(少額投資非課税制度)が始まって、株式・外貨運用を始めた人は多かったはずだ。今や昨年11月のトランプ当選で、トランプトレードと楽観的なことを語っていた人は完全にはしごを外された。トランプ大統領の政策には失望を通り越して、怒りを感じる、これが多くの投資家の感情だろう。
しかし、冷静に考えると、どこかの時点でトランプ政策は転換されて、日米株価は上昇方向に転じるのではないか。その転換点はどの辺りにありそうか、そこを考えたい。
まず、現在トランプ大統領がやっていることはいわば緊縮財政だ。例えば、トランプ関税は米国民に輸入品に消費税をかけるのと同じである。消費者は、消費税の増税分だけ購買力を失う。イーロン・マスク氏率いる政府効率化省(DOGE)による政府機関のリストラは、政府支出をカットする歳出削減である。トランプ氏は、半導体の米国内製造支援を目的にバイデン前政権で成立したCHIPS法などに従った補助金にも消極的だ。
幅広い分野で、米国経済は財政発のデフレ圧力が高まりつつある。緊縮財政の方針を止めれば、米経済は持ち直すだろうが、このまま緊縮財政を続ければ、米経済は間違いなくリセッション(景気後退)に突入する可能性がある。経済が壊れる手前で、一連の破壊活動にトランプ政権はブレーキを踏めるかが焦点になってくる。
米国では政権交代後の新政権の最初の100日間をハネムーン期間という。発足直後の新政権は一般的に高い支持率を示す傾向があり、新政権の最初の100日と国民とメディアの関係を新婚期(蜜月)の夫婦になぞらえて名付けられた。米国では報道機関のみならず野党も、この100日間は新政権に対する批判や性急な評価を避ける紳士協定がある。1月20日に就任したトランプ大統領は、最初の100日で自身の積極性を示したい考えなのだろう。
今月29日がその100日目になる。相互関税や自動車関税の発効は4月2日を期日にしている。カナダ・メキシコへの関税も、一部の品目は適用除外にしている。つまり、4月29日あたりでトランプ大統領はブレーキを踏みはじめ、株価も反転するタイミングをうかがうと推定している。
7月も株価の大きな転換点になる
一連のトランプ政策の強硬措置は、「就任100日」のアピールの材料として使われている。トランプ氏は、3月9日のFOXニュースのインタビューで「過渡期だ」と述べていた。これは近い将来に、法人税減税や新しい歳出計画を打ち出すつもりで、今はその財源確保のために歳出見直しを大胆に行っているという意味に取れる。
現行の法人税率の期限が25年末までという点を考えると、今年夏から秋くらいに法人税減税をどう拡充するかという議論になるだろう。そうすると、これまでのムードは完全に変わることもあり得る。大きな目処は7月だ。
トランプ大統領は1期目に法人税率を35%から15%まで引き下げようと試みたことがある。当時は共和党内にも反対があり、現在の21%になった。そこで今回の選挙中には、米国内で製造をする企業は15%に優遇すると言い方を修正した。法人税減税の延長論は、まだ具体的なことは明確にされていないが、何らかの拡充が予想できる。もちろん、株式市場はこの減税を好感するだろう。つまり7月ころから株価は減税を好感しながらの動きになると想定している。
3月28日に発表されたコンファレンスボードの3月の消費者信頼感指数では92.2、予想が94.2、前月の100.1から消費者マインドは大きく落ち込んでいる。また25日発表のミシガン大学発表の消費者信頼感指数で、5年先のインフレを+4.1%、93年2月以来の高水準になっている。米GDP の68%を占める個人消費は、このままいけば、相当落ち込むことになる。現在のトランプ経済政策を米個人消費者は相当悲観的に見ており、完全にスタグフレーション(インフレと景気後退の同時進行)を表していることになる。トランプ政権がこのまま進めば、政権批判は次第に大きくなるはずだ。
足元の米株価は、トランプ関税によって景気がスタグフレーションに陥るという懸念で急落している。同時に利下げが期待されていたFRB(連邦準備理事会)も、インフレを警戒して動けなくなっている。
3月のFOMC(連邦公開市場委員会)では、パウエル議長はこう言った。トランプ関税はインフレ要因だとしても、一回引き上げられると値上げはそこで完了するから,インフレは一時的な影響に止まると解釈した。そして、トランプ関税が引き上げられた後に、25年末までに2回の利下げ(合計マイナス0.50%ポイント)ができると目処を示した。「スタグフレーションだから利下げができない」のではなく、トランプ関税が上がり切ってしまえば、そこから利下げはできると見解を示した。
仮にトランプ関税が完全に実行されたならば、25年後半は景気を支えるために利下げに動くことができる。6月までに米経済が悪化する展開になっても、今年2回の利下げを3─4回へと増やせば景気てこ入れに柔軟に動くことができる。
リスクの点検
いや、トランプ発の今回の相場下落はもっと慎重に判断すべきだという人も多いだろう。リスクシナリオの方をより綿密に点検しておいた方がよいという見解だ。特に景気の歯車は一度狂ってしまうと、簡単には戻らないからだ。
まず、トランプ関税がカナダ・メキシコに25%、中国に60%かかると、その増税圧力は個人消費に甚大な悪影響がある。トランプ政策を嫌って、海外企業は米国に工場をつくるどころか、直接投資を一斉に手控えることもあり得る。移民の流入が滞ると雇用拡大も足踏みして、成長できなくなる。政府機関のリストラは雇用マインドを悪化させ、個人消費をさらに下押しするだろう。25年後半はこうした各種の悪材料が、企業業績を下方修正させるリスクがある。FRBは3月時点で、25年の実質成長率見通しを1.7 %と昨年12月見通しの2.1%から下方修正した。この先もっと大きな下振れがあり得る。
トランプ関税を強行するタイミングが延びれば、このリスクシナリオの可能性が高まるとみる。FRBの利下げ再開も当然遅れる。その意味で、就任100日での方針転換、また7月での転換といった早いタイミングでトランプ氏が動かなければ、米経済の悪化は止まらないことになる。
トランプ氏の転換が遅れれば、その後のFRBの利下げはより大幅にならざるを得ない。為替もトランプ関税の強行やDOGEのアピールが4─7月まで長引くと、ドル安が進むシナリオになる。今のトランプ政策は、ドル安要因になる。政策の方向転換を早く決めれば、ドル高要因という言い方もできる。
「マールアラーゴの合意」とは
政権は関税策に加え、減税措置で米国への投資を拡大すると捉えている。その結果、労働者の雇用拡大を図ろうとしているようだ。だが、今回のトランプ経済政策で米国の産業界はどうなるのであろうか。
関税によって強固に守られた各種産業は国際競争力を失うことが予想される。その典型例が今や国際競争力を失った米国の鉄鋼産業や造船産業だ。大統領経済諮問委員会のミラン委員長が2024年11月に執筆した報告書に記載の「マールアラーゴ合意」では、各国の協調介入によるドル安誘導を提唱している。フロリダ州パームビーチにあるトランプ氏の私邸にちなんで、「マールアラーゴ合意」という名前がついている。筆者は「マールアラーゴ合意」のことをフィデリティ投信の重見ストラテジストの3月7日号のレポートで詳細を知った。
トランプ氏は、米貿易赤字の規模についても長年懸念している。赤字は24年に1兆2000億ドル(約179兆円)という過去最大を記録した。ミラン氏の報告書では、問題はドルの為替レートが歴史的に見て強含みで推移しており、輸入品を相対的に安価にすることで米国の競争力を損なっているという見方をしている。実際、一部のアナリストは、現在のドルは過大評価されているとみている。過大評価とその影響は、米政府がドル高に対処する何らかの合意を他国と結ぶ動機になる。
これまでにドルについて同様の国際的な合意に達したことはあるか。あるのだ。1985年、先進5カ国蔵相・中央銀行総裁会議(G5)が開かれたニューヨークのホテルの名にちなんで「プラザ合意」と呼ばれる協定が、同じような状況(高インフレ、高金利、ドル高)の中で締結された。米国とフランス、日本、英国、西ドイツ(当時)の間で各国通貨に対してドル安に誘導する合意が成立した。
この協定は、ドルの大幅な上昇が世界経済に悪影響を及ぼしているという認識に基づいてまとめられた。ドル高は、70年代から80年代にかけ、インフレ抑制を目的とした金融引き締め、当時のレーガン大統領の減税や歳出拡大という積極的な財政政策によって加速していた。
当時、多くの議員らは米国への主要な輸出国だった日本を保護主義だとし、対日批判を繰り返し、現在の中国とよく似た状況だった。プラザ合意はドル安誘導に成功したが、その後の行き過ぎた円高を招く要因になったとされた。
87年には「ルーブル合意」が結ばれ、ドル安の流れに歯止めをかけ、円高の抑制が試みられた。日本では、これらの合意が90年代の「失われた10年」として知られる経済停滞の一因だと考えられるようになった。
中国経済がデフレ圧力や不動産危機、製造業の過剰生産能力に直面する中で、日本の教訓は中国にとって決して見過ごせるものではない。
ウォール街では「マールアラーゴ合意」と呼ばれる協定に関する話題に注目が集まり始めているそうだ。トランプ大統領の関税ゴリ押しの次はドル安政策推進になるかもしれない。
トランプ支持率低下が政策の軌道修正へ
トランプ政権は、米国経済が短期的な痛みに耐えれば、中長期的には恩恵を享受すると訴える。だが、大幅減税が潤したトランプ1.0の経済と異なり、トランプ2.0では減税措置は既存の税制の延長に過ぎない。仮に法人税が引き下げられたとしても1期目のような効果は期待できない。関税により、今後インフレが再燃し長引けば、当選に導いた有権者もトランプ離れが加速するかもしれない。最終的にトランプ氏の政策の軌道修正を強いるのは、同氏の支持率低下であろう。
現状、共和党議員は、公の場でトランプ氏を批判することはない。しかし、仮にトランプ氏の支持率の低下傾向がこのまま続けば、状況は変わる可能性がある。その場合、2026年中間選挙で再選を狙う連邦議会議員などは、トランプ氏が足を引っ張ると捉え、ついに反旗を翻し始めるかもしれない。相互関税などさらなる追加関税を課し、国民負担が拡大していく可能性が高い4月以降、ハネムーン100日間が終わった後、国民がどこまでトランプ政策の痛みに耐えられるか注目だ。
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■レポート著者 プロフィール
氏名:太田光則
早稲田大学卒業後、ジュネーブ大学経済社会学部にてマクロ経済を専攻。
帰国後、和光証券(現みずほ証券)国際部入社。
スイス(ジュネーブ、チューリッヒ)、ロンドン、バーレーンにて一貫して海外の 機関投資家を担当。
現在、通信制大 学にて「個人の資産運 用」についての非常勤講師を務める。
証券経済学会会員。
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