『トランプ氏勝利は世界経済が混迷化』
今年も残り少なくなってきた。2024年は世界中で重要な選挙が行われたが、英国、フランス、日本、米国など多くの国で政権政党が敗北した。その背景には世界的なインフレがあり低所得層の家計を直撃し政治への不満が増幅したからだ。(12月1日、文責太田)
目 次
1、トランプ勝利で市場はつかの間の高揚感
2、関税引き上げは米国にブーメランで帰ってくる
3、米財務長官指名で金利低下と株高
4、米金利低下でドル安、円高
5、トランプ氏の「アメリカ・ファースト」は同盟国の信頼を損なう
6、トランプ政策で米国の衰退が始まるか
トランプ勝利で市場はつかの間の高揚感
米国では国民の生活への不満が大きく、政権政党であった民主党は大統領、上下院すべてで共和党に敗北した。トランプ氏の勝利は、米国の分断を如実に表している。米国では四年制の大学卒は全人口の38%、非大学卒は62%。インフレなどで悲惨な生活を強いられているのが非大学卒。時にこの層は自殺などによる「絶望死」が増加している。
トランプ氏の圧勝の原因はこの人口6割を占める非大学卒の悲惨さがもたらしたともいえる。次期副大統領に選出されたバンス氏による白人低学歴層の悲惨な生活を描いた自伝小説がベストセラーにもなっていることもトランプ氏勝利に貢献したのかもしれない。
選挙直後からの米国金融市場はトランプ氏による規制緩和と減税への期待でつかの間の高揚感に浸っている。バイデン大統領が作り出した経済拡大はトランプ氏が引き継ぐ。今のところ、米国民の実質所得は増え、生産性も向上している。世界の製造業も回復に向かうと予想されている。これは利下げが予想されているからだ(日本は利上げだが)。
関税引き上げは米国にブーメランで帰ってくる
ところが、11月25日夕方、トランプ次期大統領は中国に追加関税10%とメキシコとカナダからの輸入品全てに25%の関税を課すという計画を発表した。メキシコへの25%関税計画では米自動車メーカー、中でもゼネラル・モーターズ(GM)の利益を圧迫し、米国の消費者にとって価格上昇をもたらす可能性がある。
GMはメキシコから北米に自動車を輸出している自動車メーカーの筆頭。メキシコ工場を持つ自動車メーカー上位10社は今年上半期に合計140万台を生産し、その90%が米国向けに輸出された。
他のメーカーも苦境に立たされる可能性が高い。フォード・モーターは欧米メーカーの中でメキシコでの生産台数がGMに次いで多く、トランプ氏が関税について発表した翌日の26日に両社の株価は下落した。
GMは北米で12万5000人を雇用している。米国が輸入している自動車部品の50%以上、額にして1000億ドル近くはメキシコとカナダ製。関税が課されると、米国で組み立てられる全車両のコストが増加する。メキシコ製自動車の販売減少は北米地域全体の利益を損なうしメキシコ側も同様だ。30年前に発効した北米自由貿易協定(NAFTA)、そして現在のUSMCA(米国、メキシコ、カナダ協定)を通じ、メキシコの自動車産業は同国で最も重要な製造業へと発展し、輸出大国の象徴となった。しかしトランプ氏はその全てを危機にさらしている。
今回、関税引き上げの説明として、トランプ氏は、移民や医療用麻薬フェンタニルの密売といった自動車と無関係な問題に対する処罰として関税を課すと表明している。メキシコとカナダが不法移民の「侵略」を停止するまで関税を維持するとソーシャルメディアに投稿したのだ。
カナダへの関税引き上げに関しては、米国は世界最大の原油生産国になったものの、国内精製業者が処理する原油の20%以上はカナダから輸入されている。
アナリストによると、カナダから輸入される日量400万バレル超の原油の70%を米国の製油所が処理する米中西部では、ガソリン小売り価格が1ガロン当たり0.3ドル以上、約10%上昇する可能性があるという。
関税が導入されれば、米国の精製業者は、カナダとメキシコから高い価格で石油を輸入するか、輸送コストをかけてもっと遠くに代替供給元を探すかの選択を迫られることになる。
ところで、同氏が麻薬と移民に言及したことで、関税は真の政策提案というよりも交渉戦術の一部だとみる専門家も多い。今回ちらつかせた関税は、米国の歳入増のための政策というより交渉の道具であることがうかがえるとし、カナダとメキシコが大統領就任までの今後2か月間で、関税回避のための信頼に足る計画を示す余地を残したという見方もある。
米財務長官指名で金利低下と株高
11月に行われた米大統領選で共和党のトランプ候補が勝利し、上下両院も共和党が過半数を制する「トリプルレッド」になったことを受けて、金融市場で米国株買い、米国債売り、ドル買いなどが進行した。いわゆる「トランプ・トレード」である。
だが金利・為替市場については、そうした動きが息切れし、反対方向に動きつつある。
しかし、米株式市場では、NYダウが11月22日以降、史上最高値を連日更新。S&P500は6000の大台を26日に突破した。
米債券市場では、10年債利回りが11月15日に4.50%(6月3日以来の水準)まで一時上昇したものの、これが直近ピーク。この節目水準近辺ではかなり大きな買い需要が見えたようで、その後はベッセント氏の次期財務長官指名を好意的に受け止めつつ、4.2%台へと水準を切り下げた。10年債利回りの今年のピークは、4月25日に記録した4.73%である。11月15日に記録した4.50%からは、あと0.23%ポイント、これは通常の政策金利変更で約1回分に相当する
トランプ次期大統領から財務長官に指名されたベッセント氏は、「3-3-3の経済政策」を提唱している。安倍元首相の「3本の矢」から着想を得たもので、2028年までに米国の財政赤字を国内総生産(GDP)の3%に抑制し、規制緩和を通じて3%の経済成長を促し、原油などを日量300万バレル増産する──というのが、その具体的内容だ。
仮に、先行きに見込まれる経済成長率は、3%にジャンプアップする。これは米10年債利回りを押し上げる要因でもある。その一方で、「トランプ減税」の延長・拡充にもかかわらず、トランプ政権2期目の最終年度までに、財政赤字をGDP比3%に抑制するという。ユーロ圏は3%への財政赤字抑え込みに失敗していることを考え合わせると、かなり難しいことは容易に想定できる。
米金利低下でドル安、円高
ベッセント氏はさらに、「準備通貨(基軸通貨)としてのドルの地位を守る」と表明しており、トランプ氏周辺の一部にある強引なドル安論から距離を置いている。これは欧州や日本など米国外の債券投資家に、米国債の買い安心感をある程度提供するものだと言える。以上のように考えると、米10年債が4.50%を上回って売り込まれる可能性は、少なくとも現時点では、かなり小さいという見方になる。
また、早ければ次回12月FOMCで利下げが停止されるのではないかといった見方が広がっているが、10年債は4.37%前後まで利回りが何度か上昇したものの、そこからさらに売り込まれることにはなっていない。
ドル/円相場は10年債が4.50%、米5年債が4.38%をつけた11月15日にドル高円安が加速し、一時156.76円をつけた。しかしその後は、米長期金利が一段と上昇していく動きを見せないことや、日銀の12月利上げ警戒感から、150円割れまでドルは軟化している。
私見だが、11月中旬までのドル高円安局面には、市場における盛り上がりのようなものが感じられなかった。その理由は、(1)ドル/円がドル高円安の方向で「新値」をつけたわけではないこと、(2)パウエルFRB議長が利下げ路線を放棄したわけではないこと、(3)日銀の追加利上げ観測が円安の一定の歯止めになっていること。以上3点に加えて、(4)「トランプ・トレード」には1期目の16―17年のケースのように今回も「賞味期限」がありそうだという市場の見方の4つだろう。トランプ政権1期目では、始動する直前の16年終盤にドルは急上昇したものの、17年に入るあたりから失速し、ドルは下落基調に転じた。市場参加者の頭の中から、その記憶が消えてなくなったわけではあるまい。
筆者は、ドルの上昇が来年初めに反転すると予想している。トランプ次期米政権による関税措置に中国が対抗策をとる公算が大きいためだ。報復関税が米経済に打撃を与え、トランプ氏が来年1月に大統領に就任後、このリスクはすぐに現実のものとなるかもしれない。
来年1-3月(第1四半期)に、ドルが逆方向への動きを始める可能性は十分にあると考える。また、日銀が12月または来年早々も利上げする可能性があるとして、円を選好する動きが始まると想定している。
トランプ氏の「アメリカ・ファースト」は同盟国の信頼を損なう
「アメリカ・ファースト(米国第一主義)」が戻ってくる。トランプ次期大統領の返り咲きにより、同国の外交・通商政策は露骨に実利的なアプローチになるだろう。国際社会のルールは一段と揺らぎ、米国は同盟国からあまり信頼されなくなると思っている。欧州やアジアの友好国はリスクの分散に動き、結局のところ中国やロシアなど米国と覇権を争う国が台頭しそうだ。
一方、トランプ氏は依然として同盟国との関係を重視しているものの、防衛や通商面で自国にとってより有利なディールを結ぶために脅しをかけてくると思われる。ここで注意を払う必要があるのは、トランプ氏が同盟国を脅してでもより良いディールを得ることを楽しんでいるように見える点だ。トランプ氏は国際関係や通商関係が原理原則で動く、「ルールに基づく秩序」を信じていない。結果として、欧州やアジアの同盟国では米国に対する信頼観が弱まるようになるだろう。
トランプ政策で米国の衰退が始まるか
トランプ氏の勝利で最も脅威を感じているはウクライナだ。トランプ氏はウクライナに対して、条件を受け入れなければ武器供給を停止すると脅し、ゼレンスキー大統領にロシアとの不利な和平協定を受け入れるよう圧力をかける可能性がある。
トランプ氏は「24時間以内に戦争を終わらせることができる」と豪語しているが、具体的な方法は示していない。ウクライナにとって不利な和平協定が結ばれればロシアが強大化し、欧州連合(EU)の防衛体制は弱体化する。しかもEUは2期目のトランプ政権から関税をかけられ、ただでさえ弱っている加盟国の経済が打撃を被るだろう。
EUの中核国であるドイツとフランスは現在、政治危機の渦中にある。多くの加盟国で財政がひっ迫していることもあり、欧州が地政学的な脅威に対して強く結束するのは困難な情勢だ。
中国はこうした分断につけこむだろう。お互い米国から関税を課されるのなら、通商面で共同歩調を取るべきだと欧州に働きかけるだろう。またトランプ氏が地球温暖化対策の国際的枠組み「パリ協定」から再び米国を脱退させるという政策を実行に移せば、この分野でも欧州に共闘を呼びかけるだろう。
習近平氏は台湾統一を前進させる機会をうかがうだろう。トランプ氏がウクライナに対して圧力をかければ、米国は台湾の防衛にも無関心だと習氏は受け取るかもしれない。トランプ氏が「米国の半導体産業を奪った」と台湾を非難しているだけになおさらだ。
アジア太平洋地域の他の米友好国・同盟国もトランプ氏の返り咲きに神経を尖らせている。米国は台湾の支援に消極的だと分かれば、これらの国々は不安を強めるだろう。日本や韓国は中国から圧力を掛けられた場合に米国が防衛してくれるかどうか確信が持てなくなり、核兵器保有を模索する可能性もある。
確かに米国は1960代のように世界経済を支配しているわけではないが、第二次世界大戦以来、世界中に同盟関係を張り巡らせ、「法の支配」を広げることに投資してきた。もしトランプ氏がこれらを危険にさらすなら、「アメリカ・ファースト」はむしろ「アメリカの衰退」を現実化させるかもしれない。
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■レポート著者 プロフィール
氏名:太田光則
早稲田大学卒業後、ジュネーブ大学経済社会学部にてマクロ経済を専攻。
帰国後、和光証券(現みずほ証券)国際部入社。
スイス(ジュネーブ、チューリッヒ)、ロンドン、バーレーンにて一貫して海外の 機関投資家を担当。
現在、通信制大 学にて「個人の資産運 用」についての非常勤講師を務める。
証券経済学会会員。
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