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Monthly Report

Monthly Report 2024年11月号

『衆院選と米大統領選後の円と株価』

10月27日の衆院選で与党の獲得議席は過半数を大きく割り込み、自公は野党の一部との連携を模索せざるを得なくなった。連携する政党の最有力候補とみられているのが、「対決より解決」を掲げて今回の選挙で躍進した国民民主党であるが、まだ流動的。
(11月1日 文責太田)

目 次
1、国民新党がキーボードを握る
2、日銀の利上げスタンスは変わらずか?
3、ドル/円相場は国内政治より大統領選が大事
4、円はドル、米国債リスクの逃避先
5、日本株は株主還元強化の取り組みが続く
6、10年前に制定された「スチュワードシップコード」が日本株を下支え
7、ガバナンス進行と「ダメ企業」の開示
8、日本は経済発展する条件を整えている

国民新党がキーボードを握る

衆議院選の翌日28日の東京株式市場で、日経平均は前日比691円61銭高の3万8605円53銭と選挙直前の週から反発して取引を終えた。27日の衆議院選挙では与党が過半数割れとなったが、事前に想定されていたためか、選挙が終われば織り込み済みとして買い戻しが入ったようだ。結局30日までの3日間で1363円上げたことになる。

注目を浴びてきた国民民主党の選挙公約を見ると、政策4本柱のひとつ「給料・年金が上がる経済を実現」に以下の記述がある。公約は「上げるべきは物価ではなく給料です。1996年をピークに長期的に下がり続けている実質賃金を上昇に転じさせ、『令和の好循環』をつくります。名目賃金上昇率が一定水準(物価上昇率+2%=当面の間4%)に達するまで、積極財政等と金融緩和による『高圧経済』によって為替、物価を適切に安定させ、経済低迷の原因である賃金デフレから脱却します。それまでの間、増税や社会保険料アップ、給付削減などによる家計負担増は行いません。『大規模、長期、計画的』な産業政策と、消費力を高める『家計第一の経済政策』により、分厚い中間層を復活させます」となっている。

では、国民民主党が自公と連携する場合、日銀の金融政策にはどのような影響があるのだろうか。仮定の話として、同党の上記の公約が連立政権の政策協定のような形をとり、政府の政策にフルに取り入れられるのであれば、日銀の早期追加利上げには強い逆風になるだろう。

日銀の利上げスタンスは変わらずか?/span>

同党が当面目指すとしている名目賃金上昇率「4%」を計測する上での物差しは、おそらく世の中で広く用いられている毎月勤労統計調査だとすれば、現金給与総額(一人当たり名目賃金)の直近データは8月確報の前年同月比プラス2.8%で、同プラス4%までにはかなりの距離がある。この水準を目指して「高圧経済」的な状況を作ろうとするなら、日銀の追加利上げは当分封印するという話になりやすい。

しかし、日銀は国内の政治情勢が先行き不透明であっても、チャンスがあれば追加利上げに動こうとする姿勢を堅持する可能性が高い。為替相場がたとえば1ドル=160円に再び到達するような場合には、追加利上げへの抵抗感が政治サイドで弱まることを通じて、日銀のチャンスは拡大するかもしれない。このように考えてくると、必ずしも「国内政治情勢の不透明感増大」イコール「日銀の年内追加利上げの可能性消滅」ではないだろう。

ドル/円相場は国内政治より大統領選が大事

ドル/円相場の今後の動きは、日本の政治や金融政策よりも、むしろ11月5日に行われる米大統領選・上下両院議員選の結果や、その後の米FRB(連邦準備制度理事会)の政策という「米国側の要因」の方に、大きく左右されるだろう。

民主党のハリス候補が勝利した場合は、世界経済や日銀の金融政策への影響は限定的とみられる。だが、足元では、わずかに優位の共和党トランプ候補が勝利し、かつ上下両院双方で共和党が過半数を制する「トリプルレッド」が実現する場合には、米国市場は「株高・債券安・ドル高(=円安)」で大きく反応するという見方が大勢を占めている。

ところが、大統領選の結果次第では円高という意見も見え始めた。円は米大統領選の究極の避難先として有力という見方だ。今年の円安傾向にもかかわらず、米大統領選挙の不確実性からの逃避先を求める投資家にとっての避難場所として、円はなお有望なのだ。

円は今年のパフォーマンスが主要10通貨の中で最悪だが、市場が乱高下する際には、トレーダーが円に走る傾向がある。トランプ氏が賭け市場での勝率で民主党候補のハリス氏を上回っており、投資家はトランプ氏再選が資産にどのような影響をもたらすかを見極める必要に迫られてきている。

また明確な結果が出るのは投票日からかなりたってからになる可能性があり、そうなると市場のあらゆる分野で変動が拡大し、安全資産への逃避が加速するリスクがある。

米大手運用会社バンガードは「米大統領選において、円は最も安全な避難先だ」と述べている。「トランプ氏の欧州に対する関税に関する発言は、友好的なアジア諸国に対するよりもはるかに強い」ため、円がスイス・フランに対して上昇する可能性があると同氏は指摘している。

円はドル、米国債リスクの逃避先

10月27日の日本の総選挙では与党連合が過半数を獲得できず、円は28日に一時1%以上下落した。新政権が樹立されるまでに数週間の政治的駆け引きが続く可能性があることが、他の主要経済国との金利差と相まって円に強い売り圧力をかけている。

それでも、円には強みがある。過去最高の3兆200億円に上る日本の経常黒字、高い流動性、そして比較的低いインフレ率は、円を価値の逃避・貯蔵手段として魅力的なようだ。関税リスクも円を後押ししている。日本は選挙期間中、輸入関税についてトランプ氏からの直接的な警告をほぼ免れていた。関税についての警告は、標的となった国の資産への潜在的な打撃について投資家の警戒を強めさせることになっている。

さらに、1ドル=153円付近で推移している円は歴史的に見て割安な水準にあり、市場が大きく変動したり、政府が円を支えるために介入した場合に、円の買いは大きな利益が得られる余地がある。現在、先進国・地域の中央銀行の中で、日銀だけが次の政策として利上げを想定している。31日の日銀政策決定会合では予想通り据え置きとなったが、現在の日銀のスタンスは国内政治の変化にもかかわらず、変わっておらず、また円安がインフレにつながるのであれば、利上げの可能性が高まるだろう。

トランプ氏もハリス氏も、選挙戦の主要な要素として赤字削減を訴えておらず、債券投資家にとって米財政赤字リスクは大きいままの状態だ。したがって、米国債はリスクを抱えたままの状態にある。このように伝統的な安全資産に対する投資家の懸念も、円の魅力を高めることになる。米大統領選の不透明感や財政赤字拡大見通しにより、ドルや米国債への信頼が部分的に損なわれることになる可能性も高く逃避先としての円の魅力が増してくる。

「米国債市場が財政赤字リスクによる消化不良を起こすのであれば、米国債は最も安全な資産ではなくなり、従ってドルもそうではなくなるかもしれない」。さらに「円は割安であり、日銀は引き締めを行っている数少ない中央銀行の一つだ」と前述のバンガードは指摘している。

もちろん、円高に異論を唱える人もいる。かつては典型的な安全資産=リスクオフとしての地位を保っていた円だが、もはやその地位を維持できるかどうかは分からないという意見だ。しかし、米商品先物取引委員会(CFTC)のデータによると、ヘッジファンドは今月円の買いポジションをとっており円に強気だ。シカゴの円先物では、10月22日現在で若干の円の買い越し(約1万枚)になっている。7月に円が161円を付けた時には18万枚の売り越しだった。この先物の動きから、年末までに1ドル=143円まで円高が進む可能性ありとみている。


日本株は株主還元強化の取り組みが続く

日本株は衆議院選挙の結果を受けてとりあえず、イベント通過から選挙前の売りポジションの買い戻しで始まったが、今後の動きはどうなるだろうか。前述のように円高になったら株価は下げるのだろうか。政治の不安定が続くのだろうか。トランプ氏が大統領になったら日本のリーダーはうまく関係をつなげていけるのだろうか、不透明要因には事欠かない。はっきりしていることは、10年前から進められている株主還元強化の取り組みはおそらく今後も進展を続けるということだ。

東京証券取引所は上場企業に資本コストや株価を意識した経営を求め、企業は収益性の高い事業を成長させ、不採算事業を処分し、この先も大量の現金保有を削減することに集中し続けるだろう。ゴールドマン・サックスは、今年発表された自社株買いが2023年通年の合計を既に35%上回っていると指摘している。また、企業の株式持ち合いは減少し、社外取締役の数が増えた。この結果、取締役会で議論を交わす必要性が生じ、情報開示が改善され、業績向上につながる余地が広がった。

株主の物言う姿勢も継続するだろう。株主への助言などを手がけるコンサル会社では、日経平均採用企業225社の24年の年次株主総会では、議決権の10%以上を占める株主が1件以上の会社提案に異議を唱えた企業が半数以上に上ったという。

10年前に制定された「スチュワードシップコード」が日本株を下支え

株主還元の成果が最近表れ、日経平均株価とTOPIXは1989年のバブル経済期の最高値を更新した。この上昇を支えたのは、投資家の規範を記す「スチュワードシップ・コード」を2014年に制定したこと、さらに最近では株主価値を念頭に置いて買収提案を検討するよう企業に促す「企業買収における行動指針」を策定したことだ。

スチュワードシップ・コードとは、金融機関による投資先企業の経営監視などコーポレート・ガバナンス(企業統治)への取り組みが不十分であったことが、リーマン・ショックによる金融危機を深刻化させたとの反省に立ち、英国で2010年に金融機関を中心とした機関投資家のあるべき姿を規定したガイダンス(解釈指針)のこと。

機関投資家が、投資先企業やその事業環境等に関する理解に基づき、当該企業の企業価値の向上や持続的成長を「物を言う」ことで促すことにより、「顧客・受益者」(最終受益者を含む。以下同じ。)の中長期的な投資リターンの拡大を図ることを意味する。したがって企業の長期的な成長や価値向上を左右することがある。機関投資家である運用会社は、企業の株主総会での投票権を持っており、企業経営に対して影響力を持っている。

ガバナンス進行と「ダメ企業」の開示

そして今、上場企業のPBR(株価純資産倍率)の向上に向けた、東証の「次の一手」が注目されてきた。これまでは、優れた企業を開示してきたが、今度はダメな企業の開示をするという、日本企業の価値向上に努めることで日本企業のガバナンス改革の継続をアピールするようだ。

市場も一過性の株主還元でなく成長投資や最適な資本構成を考えた将来像を描く企業が選ばれる時代になりつつある。当然「ダメ企業」の烙印を回避するために多くの上場企業は戦略の練り直しを迫られている。日本企業のガバナンス改革はさらに進むことになる。こうした環境が日本の株式市場を席捲することになれば、海外投資家の評価はさらに高まり、株価上昇は容易に想像つくのではないだろうか。ちなみに「ダメ企業の開示」は11月上旬から中旬にかけて実施される。

日本は経済発展する条件を整えている

今回の米大統領選を見ていてつくづく感じることは、日本は欧米諸国のような「分断」が深刻ではない。欧米ほどの所得格差も移民問題もない、世界でも「安全な国」であり、今年のノーベル経済学賞を受賞した、マサチューセッツ工科大学のアセモグル教授が言う「経済発展に不可欠な社会制度が整った国」でもある。

日本経済は今「失われた30年」から抜け出そうとしている。世界の投資家から見ても、先進国の中で「最も安全な国」であることは、日本の通貨も株式も彼らにとって「最大の選択肢」であることは明白だ。

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本資料、一般社団法人FLSG(以下当会といいます。)が投資家の皆様に情報提供を行う目的で作成したものであり、投資の勧誘を目的に作成されたものではありません。本資料は法令に基づく開示書類ではありません。本資料の作成にあたり、当会は情報の正確性等について最新の注意を払っておりますが、その正確性、完全性を保証するもではありません。本資料に記載した当会の見通し、予測、意見等(以下、見通し等)は、本資料の作成日現在のものであり、今後予告なしに変更されることがあります。また、本資料に記載した当社の見通し等、将来の景気や株価等の動きを保証するもではありません。

■レポート著者 プロフィール
氏名:太田光則
早稲田大学卒業後、ジュネーブ大学経済社会学部にてマクロ経済を専攻。
帰国後、和光証券(現みずほ証券)国際部入社。
スイス(ジュネーブ、チューリッヒ)、ロンドン、バーレーンにて一貫して海外の 機関投資家を担当。
現在、通信制大 学にて「個人の資産運 用」についての非常勤講師を務める。
証券経済学会会員。

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