『名目GDPと株式時価総額との関係』
名目GDPと株価の関係は連動しているのか?普段私たちは実質GDPの成長率しか注意を払ってこなかったが、当レポートの8月号でも、名目GDPと株価の連動性を伝えており、8月号を見た読者の方がその連動性を示すチャートを送ってくださった(最終頁に掲載)。まさしく、株価(時価総額)と名目GDPは連動しているのだ。(9月1日 文責太田)
目 次
1、日経平均弱気になる必要はない
2、名目GDPに注目集まる
3、やっと普通の国になった日本
4、植田総裁は低金利政策を続ける
5、緩和的な金融環境と名目GDP拡大が株価を牽引
6、株価は名目GDPに連動する
7、時価総額対名目GDPは1.41倍が限界?
8、机上の計算では日経平均最高値は5万円
9、円安もそろそろ限界が見えてきたのでは
10、米国経済はゴルディロックス(適温経済)
11、米経済過熱も減速も金利低下
日経平均弱気になる必要はない
日経平均株価は5~6月に急上昇した反動もあり、7月以降は足踏み状態にある。今後の株価については、あと数カ月は米国のインフレ動向と同国のFRB(連邦準備制度理事会)の金融政策に影響を受けそうだ。また、米中対立で変調をきたしている両国間貿易などの正常化や、それに密接に関係する半導体市況の回復などを見極める動きも続きそうだ。
そうした環境のもと、中長期で日経平均に弱気になる必要はないと考える。その理由として、名目GDP(国内総生産)に着目したい。世間一般では物価の変動を考慮した実質GDPのほうが、注目度が高い。だが、企業業績や株価は名目値ではかられるため、名目値が重要なのだ。
名目GDPに注目集まる
8月15日、内閣府は4-6月のGDPを発表した。実質GDPは前期比+1.5%年率換算で+6.0%の成長だったが、それより驚いたのは、名目GDPが前期比+2.9%、年率換算で+12.0%の590.7兆円、アベノミクスでの目標の一つであった名目GDP 600兆円まであと1.5%までに迫ってきたからだ。名目GDPとは、GDPを計算するために必要な値を、物価の変動も含めてすべてそのまま合計して計算されたもの。一方、実質GDPとは、GDPを計算する際に物価の変動を反映させずに計算されたものだ。
日本の名目GDPは長らく続いたデフレ経済の下で伸び悩み(日本がデフレ入りする前のピークだった)1997年水準を回復するのに約20年の歳月を費やしたが、過去10年程は増加傾向にあり、特に2022年以降は拡大傾向を強めている。
経済が縮小均衡する状態では名目GDPの上昇は期待できない。デフレ下では「実質」GDPがプラスでも、物価が下落することで「名目」GDPが伸び悩むことが少なくなかった。しかし足元では世界的なインフレもあり、日本の名目GDPは堅調な推移が続いている。
今回の世界的なインフレ局面において日本企業の価格転嫁や賃上げの姿勢は変わってきたと考えられる。長いこと値上げを経験していない日本社会に変化が生じつつあるためだ。
名目GDPが成長する経済では、企業の取り分(営業余剰)が増加するとともに、労働者の取り分(雇用者報酬)も同時に明確に増加していくことが予想される。売上や利益といった企業業績は、いずれもインフレ調整前の「名目」の数字になる。このため、同じインフレ調整前の経済指標である名目GDPの推移は、株式市場の動向を見る上でもっとも示唆に富んでいるといえる。
やっと普通の国になった日本
今まで、名目の成長率の横ばいが長期に続くということは世界的にも例がないことだった。その意味では、名目成長の復活は、日本が「普通の経済になる」ということだ。今までは、名目のパイが増えないから、企業の売り上げも賃金も伸びないという世界だった。家計や企業は、名目の世界で物事を考えて行動している。名目の売り上げが増えれば、賃金も上げられる。人手不足による省力化投資の必要性もあり、名目の設備投資額も今年はかなり大きくなりそうだ。こうした名目成長が引き起こす活性化は、日本経済復活の必要条件だ。
名目GDP成長率は、2023年以降も中期的な基調として2〜2.5%へ上方シフトするとみており、1993年から2019年の間の平均成長率0.4%程度を上回る。長年世界の主要国で唯一、名目成長率が横ばい圏で推移してきた日本経済にとって、重大な変化が訪れることを意味する。
改めて名目GDPと株価の関係を超長期に俯瞰してみると、1950年代から1990年代前半まで名目GDPが順調に拡大するのに沿って株価は右肩上がりに上昇してきた。しかしながら、バブル崩壊とその後の低成長で名目GDPが停滞した1990年後半から2010年代前半にかけて株価は水準を切り下げ、日経平均は89年の4万円近い水準から1万円割れまで沈んだのだ。
実は、この間に実質GDP成長率は何とかプラス圏を維持したが、株価は上昇しなかった。このことはデフレ的状況の中で名目GDPが増えないと、株価は長期停滞を強いられるという、一つの実証データになった。こうして考えると、名目GDPが拡大基調にある中、日経平均が3万円の大台を回復したことに合点がいく。
植田総裁は低金利政策を続ける
2022年までは、黒田東彦総裁の退任後について、日本銀行の2%物価安定目標の持続性に不確実性があったが、植田和男新総裁は物価2%目標や緩和的な金融政策を続けている。
今回のようなコストプッシュ型インフレのような負のショックに対して、政策金利をより長い期間低水準にとどめておくと、日本経済の風景も変わってくる。
現在は、消費者物価指数(CPI)の伸び率が名目賃金の伸び率を上回っているが、2024年1〜3月期頃には実質ベースでも雇用者報酬は前年比でプラスになると予想している。
長期金利は「期待実質成長率(≒潜在成長率)プラス予想インフレ率」で決まるため、おのずと名目GDPに近い数値となるが、現在のように日銀が緩和的な金融政策を講じる下では長期金利が抑制される。金融緩和政策が奏功し、成長率が加速すると「名目GDP成長率>金利」という構図が続くことになる。
緩和的な金融環境と名目GDP拡大が株価を牽引
この状態はマクロ的に見た場合、調達コスト以上の成長機会が至る所に転がっていることを意味する。もしその状態が長く続く、あるいはそう確信するなら、企業は借り入れを増やし投資を拡大し、同時に投資家は株式の購入を進めるのが最適解になる。過剰投資がマクロレベルで発生した80年代のバブルをこうした文脈で説明することも可能だろう。
では先行きはどうだろうか。日銀が明確な金融引き締めに転じない限り「名目GDP成長率>長期金利」の構図が続くと判断される。向こう数四半期のGDPは海外経済の減速に伴う下押し圧力を受けるものの、資源価格が安定するもとで、国内の人手不足による構造的な賃金上昇圧力を背景に、名目GDPは実質GDPを上回る拡大を続けると見込まれる。
株価は名目GDPに連動する
8月30日現在の日経平均は、89年12月に付けた史上最高値である38,915円まで83.1%のところまで戻してきた。最終頁のチャートを見ても株価と名目GDPとの連動性は高い。名目GDPは企業の売上高のような存在。長らくデフレで値上げをすれば売り上げは減っていた。しかし、足元では値上げしても消費者が買っているという。実際、6月に発表された法人企業統計(当レポートが出る9月1日に4-6月のデータが発表される)で1-3月期の金融・保険業を除く全産業の経常利益は、売上高が大きく伸び1-3月期として過去最高を更新した。名目GDPと企業業績、株価が連動している格好だが、中国などのリスク要因も目立ち始めており先行きの一本調子の株高継続には懐疑的見方を示す。
過去20年余りの名目GDPと東証株価指数(TOPIX)の推移を確認すると、金融市場の一時的な混乱などで乖離する局面も見られるが、その趨勢や転換点という意味では、おおむね連動していることが確認できまる。読者から送っていただいた名目GDP と時価総額のチャートはアベノミクスが始まった2012年からだが、見事に連動性を表している。
時価総額対名目GDPは1.41倍が限界?
米アップル社の時価総額(株価×株数)が6月末(上半期の最終日)の終値で初めて3兆ドルを突破、大きな話題となった。3兆ドルとは1ドル144円で計算すると432兆円になる。日本はと言えば、8月30日現在の東証プライム上場1834社の時価総額は約828兆円だ。アップル1社だけで東証プライム時価総額の約52%にもなる計算だ。「失われた30年」で出遅れた日米の差を見せつけられている。
実は、市場では名目GDPと時価総額の関連性にある種の言い伝えがある。それは「東証1部の時価総額は名目GDP(国内総生産)の1.41倍を超えられない」というものだ。その根拠になっているのは、1989年のバブル時の日本の名目GDPは約430兆円、東証1部の時価総額はその1.41倍の約606兆円だったからのようだ。
このことから「高値は名目GDP比で1.41倍を2度と超えられない」という株式市場での伝説ができあがった。しかし、前述したように、日本の名目GDPはすでに591兆円まできた。つまり現在の名目GDPに1.41倍をかけると時価訴額は833兆円となり、これが目標値になるのだろうか。8月29日の東証プライム市場の時価総額は約828兆円だ。現在の名目GDPとの比率は1.40倍と伝説の1.41倍に迫ってきている。
机上の計算では日経平均最高値は5万円
しかし、東証はバブル崩壊後、市場区分の変更を経てきた。1989年時の東証1部の上場銘柄数は1191社だったが、現在のプライム銘柄は1834社と、かつての東証1部の数字と比べて1.54倍に増えている。
したがって、計算上、上場企業数でいえば、プライム市場時価総額の高値メドは前述の約833兆円ではなく、1.54倍をかけた約1283兆円ということになる。つまり、名目GDP対プライム市場の時価総額の関係は1.41倍ではなく、1.41×1.54の2.17倍ということだ。
日本の名目GDPは2024年に約600兆円が予想されていることから、目指すプライム市場の時価総額(2024年相場になる)は、600兆円の2.17倍の1302兆円となる。
この「プライム市場の時価総額1302兆円」は30日の時価総額828兆円の57.25%増だ。これを仮に8月30日のTOPIX(東証株価指数)の終値2313にかけ合わせると、
2313×1.5725=3637となる。
NT倍率(日経平均がTOPIXの何倍かを表す数値)次第ではあるが、これも30日現在のNT倍率13.97倍を当てはめると(3637×13.97)、日経平均株価は5万808円となる。
日本の名目GDPは、2024年だけでなく、2025年も2026年も増え続けるはずだ。日経平均「5万円台」はちょっと乱暴な設定だといわれるかもしれないが、今回の相場は1年や2年では終わらないというのが基本な考えだ。
円安もそろそろ限界が見えてきたのでは
それでは円相場はどうなるのか、大方の専門家は先行き円安を予想している人が多い。8月24ー26日に米ワイオミング州ジャクソンホールで開催されたカンザスシティ連銀主催のシンポジウム「ジャクソンホール・シンポジウム」でのパウエルFRB議長講演は、ほぼノーサプライズに終わった。
講演の要旨は、「適切であればさらに金利を引き上げる用意がある」などと、タカ派的な発言も散見されたが、特に目新しさはなかった。金融の「引き締め過ぎ」と、「引き締め不足」のバランスをとるのがいかに難しいかに言及し、当面は金利水準を高く維持したまま、さらなる引き締めが必要かどうかを慎重に判断していくとの見解を示した。
注目されたイベントを無難に通過したことで、VIX指数(ボラティリティインデックス、別名恐怖指数)は低下。為替市場でも円安・ドル高が進行している。果たしてこのトレンドは今後も続くのだろうか。
米国経済はゴルディロックス(適温経済)
米国経済は予想以上の強さを維持しており、マイナス成長は年内なさそうだ。金融市場の一部では、早くも米国経済を「ゴルディロックス(適温経済)」とする見方も出始めている。つまり、米国経済は過熱も減速もしていない状態で、今後インフレも相応に抑制されていき、米経済は景気後退を回避するというソフトランディングシナリオである。この状態が続けば米長期金利が大幅に上昇しなくてもドル高、円安が続くとみている。
その理由として、日米金利差を狙った「円キャリー取引」が活発化しやすい条件がそろうからだ。「キャリー取引」とは、金利の低い通貨、例えば円で調達(借り入れ)した資金を、為替市場で金利の高い他の通貨に交換し(円を売る)、その高金利で運用して金利差収入等を稼ぐ取引のことを言う。
つまり、日米の短期金利差が拡大したままであること、ドル円のボラティリティー(変動幅)が低いこと、さらにリスクオン(リスクを取りやすい環境)の地合いであることが挙げられる。市場が「ゴルディロックス」とみることで「円キャリー取引」が活発になりやすい。為替差損を被るリスクが低い状態で、金利差を狙える環境は、投資家にとって円ショート・ドルロングポジションを積極的に取りに行きやすい状況だ。
仮に今後、米10年債利回りがさらに上昇し、足元の4.1%~4.3%台から、4.5%も超えて、4.7%付近まで上昇した場合、米期待インフレ率や日本の金利環境など、他の条件が変わらなければ、ドル円が1ドル=149円前後と、昨年10月以来久々に、150円の大台が視野に入ってくることになる。
米経済過熱も減速も金利低下
しかし、筆者は、米長期金利が4.5%を大きく超えていく可能性は低いのではないかとみている。もし、米国経済が過熱状態となりインフレが高止まりする場合は、さらに複数回の利上げが必要となるだろうが、この場合米長期金利が素直に一層上昇するかといえば、米株価急落などに伴い、景気の先行き不透明感から、むしろ米長期金利は低下する可能性があるだろう。
一方、米国経済が急速に減速した場合には、利下げ観測が台頭するなか、米長期金利は低下することが見込まれる。「過熱」「減速」のいずれのケースでも米長期金利が低下するとすれば米実質金利の上昇には歯止めがかかり、足元のドル高・円安にブレーキがかかる、又は、ドル安・円高に転じる公算は大きい。とはいえ極端な円高にはならないだろう。せいぜい130円台後半とみている。この程度の円高は日本の株価にはそれほど大きな影響はないだろう。理由は超円安の時に株価を押し上げることはなかったからだ。
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■レポート著者 プロフィール
氏名:太田光則
早稲田大学卒業後、ジュネーブ大学経済社会学部にてマクロ経済を専攻。
帰国後、和光証券(現みずほ証券)国際部入社。
スイス(ジュネーブ、チューリッヒ)、ロンドン、バーレーンにて一貫して海外の 機関投資家を担当。
現在、通信制大 学にて「個人の資産運 用」についての非常勤講師を務める。
証券経済学会会員。
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