『来年の株価は弱気に見る投資家が多い』
11月は相場の流れを変えるイベントがあった。3日のFOMC(米連邦公開市場委員会)、10日発表の10月の米消費者物価指数(CPI)は前年比6.2%上昇、90年11月以来の高水準。そして22日にパウエルFRB議長の再任が決定など。(11月29日 文責太田)
目 次
1、意味不明な「新しい資本主義」
2、日米の株主還元の格差
3、岩井教授の言う株主還元の在り方が「新しい資本主義」?
4、来年は金利が市場を席捲
5、テーパリングにも株式市場は無風
6、テーパリング報道にみる債券と株式市場の反応の違い
7、来年株価は暴落。それとも調整?
8、新型ウイルスでも米市場は年内最高値更新?
意味不明な「新しい資本主義」
日本では、東京市場を動かすことがなかったが、岸田文雄首相による経済対策が19日に発表された。財政支出規模は55.7兆円と過去最大。過去最大規模の経済対策なら、本来であれば株価は急騰しても不思議ではないが、瞬間的な反応しか見られず、ほとんど反応ナシ。
そもそも岸田首相が掲げる「新しい資本主義」とは、いったいどのような内容なのか。首相がこの言葉を使ったのは総裁選挙のころからだが、その内容を体系的に語ったことが一度もない。内容を定義せず、理解もせずに、単に言葉の響きがいいから、「新しい資本主義」をキャッチフレーズとして訴えたのだろうか(おそらくそうだろう)。意味不明がゆえに残念ながら株式市場は織り込みようがない。また市場は意味を模索しようともしていない。
11月16日の日経新聞で「新しい資本主義を問う」シリーズが始まった。その第一弾として、岩井克人 (国際基督教大学特別招聘教授)が登場し、過度な株主重視による資本市場の機能不全が問題だ、と指摘している。その内容を要約すると、「日本企業はバブル崩壊以降、売上高、給与、設備投資が横ばいで推移してきたのに、配当金だけは 4 倍にも増えた、さらに自社株買いによって株主還元に拍車 がかかった。株式市場は企業に成長資金を供給するのが本来の目的だが、実際は企業から株主に資金が流出している。株主の3割は海外投資家で、市場が国富を収奪する場になっている。今、海外投資家の間で日本は最も買収しやすいカモとみなされている」と同氏は主張している。
日米の株主還元の格差
日経新聞が「新しい資本主義を問う」シリーズのトップに同氏を登場させたのは、同氏を日本における資本主義研究の第一人者とみなし、氏の見解が学会のスタンダードな見方を代表していると考えているからであろう。
しかし、岩井氏の見解は先進国金融の現実からだいぶ乖離していると考える。まず株主還元を日米で比較してみよう。日本の株主還元を東証上場企業でみると、配当 15.6 兆円(配当性向 32%、配当率 2.06%)、自社株買い年間8兆円として、株主還元合計は約 24 兆円、予想利益 47 兆円のほぼ半分が還元されていると計算される。これに対 して米国企業(金融を除く)の場合、2015年から2020年までの6年間の株主還元を計算すると、利益合計は6.17 兆ドル、これに対して配当金 3.63 兆ドル、自社株買い 2.51 兆ド ル、両者合わせた株主還元は 6.14 兆ドルと利益総額にほぼ等しい。米国では企業は利益を丸ごと株主に還元することが、常態化しているのである。
では、米国では投資がおろそかであったかと言うとそうではなく、この 6 年間に利益の
1.9 倍に相当する 11.78 兆ドルが投資に振り向けられ、減価償却 9.18 兆ドルとの差額 2.6 兆ドル は、社債発行中心の債務3.0 兆ドルによって賄われてきた。この株価本位、換言すれば株主重視の企業の財務行動は、過去の米国株高のほぼ唯一のエンジンであった。
この結果、リーマンショック以降 11年間で米国の代表的な株価指数であるS&P500は6倍強に上昇したが、この株高はもっぱら自社株買いによってもたらされたと言っても過言ではない。株式を中心とした資産価格の上昇が、家計の純財産額を大きく押し上げ、その資産効果が米国のGDPの7割を占める個人消費増加の牽引車になっている。
岩井教授の言う株主還元の在り方が「新しい資本主義」?
岩井氏の言う「過度の株主重視による資本市場の機能不全」は、米国は日本よりはるかに進行しており、日本はだいぶ遅れて後を追っているという構図である。この米国の金融市場の在り方を米国国内で 批判しているのは民主党のエリザベス・ウォーレン議員など、左派の一部であり、イエレン財務長官 をはじめ、大半の学者・エコノミストは問題視していない。岩井氏のような観点からすれば、米国株式は官民によるバブルの 真っただ中であり、金融危機に向かう過程にある、と見えてくるであろう。
岩井氏は「設備、人材投資を増やすべき」と言っており、異論はないが、そのためにはどうするかを考えることが「新しい資本主義」ではないだろうか。日経新聞の「新しい資本主義を考える」シリーズでは他に3人が登場しているが、いずれもインパクト無し。オピニオンリーダーとして日経新聞も「新しい資本主義」をもう少し考えた方がいい。現時点では市場が意味不明な首相のスローガンは株価に織り込むことは不可能だ。結局、これからも来年も日本の株式市場は相変わらず米国の株価、債券、為替に連動していくのだろう。
来年は金利が市場を席捲
その米国市場だが、金利の動向に注目が集まっている。ブルームバーグによると、最近、バンク・オブ・アメリカのストラテジストは、来年の市場に弱気な判断を示し、投資家に資本の保護に集中するよう促した。インフレ加速や金利上昇によって世界的に資産価格動向が一変するとの見方のようだ。同行のストラテジストは昨年の「成長ショック」、今年の「インフレショック」に続き、来年は「金利ショック」の一年になると指摘している。
冒頭にも挙げたが、11月3日のFOMC、10日の米CPI(消費者物価指数)、22日のパウエルFRB議長の再任はいずれも発表直後から10年債国債の利回りを急上昇させた。この3つの事柄はいずれも、インフレが問題の根底にある。
昨年3月のコロナショック後、先進国の中央銀行は大胆な金融緩和や財政出動で株価の上昇をけん引してきたが、11月3日のFOMCでは債券購入プログラムのテーパリング(購入規模の縮小)開始を決定した。その決定の理由は、目標の「最大雇用」と「長期的な2%のインフレ率」の2つの課題を達成しつつあるため、としている。
市場ではすでに来年、金利の引き上げも想定し始めており、テーパリング終了の来年6月以降、年2回の利上げを市場は織り込み始めており、コンセンサスになりつつある。
テーパリングにも株式市場は無風
11月3日、FRB(米連邦準備制度理事会)は、国債などの資産買い入れ額の減少、いわゆるテーパリングを11月から開始し、来年半ばに終了する見込みだとFOMCは表明した。
前回2013年当時のFRB議長であるベン・バーナンキ氏がテーパリングを表明したとき、市場は大きく反応し、株式は暴落した。しかし、今回はまったくの無風だ。むしろ、NYダウはFOMC声明文発表後、わずかではあるが上昇に転じ104ドル高で終え、米10年国債利回りは前日の1.55%から1.60%となった。為替は少しだけドル安となったが、大きな動きはなかった。
常識的には前回のテーパリングのように今回も株安、金利高となるはずだ。株高で終わったのは、「これまで丁寧にテーパリングを2021年末ごろから開始することを市場に織り込ませてきたからだ」、今後は別の要素に関心が移っていくだろうと解説されている。それにしてもテーパリング実施声明に市場は反応しなかったが、これが正しいのだろうか。
テーパリング報道にみる債券と株式市場の反応の違い
常識と市場が食い違っている場合、それは必ず市場が間違っていることを意味する。正確に言えば、市場は、現実を受け止めるのに、タイミングを計っているか、あるいは拒否しているのである。「市場とは」何? 市場とは、「投資家たち」ということだ。市場の声などは、投資家たち、それと利害をともにする人々の意見にすぎない。
暴落したら困る投資家たちは、テーパリングという株価にとってネガティブなことにすぐには反応せず、時間稼ぎをしながら株を少しずつ売っているのが現状だろう。事実を受け入れるにはある程度売ってからということになる。とてつもない、かつ100%明確なネガティブショックが来たときはやむをえない。その時は、開き直って、事実を受け入れ混乱に乗じ、損失を取り返そうとするだけのことだ。今回のテーパリングはそれほど大きなショックではないから、平気な振りをして反応を見せなかったのだろう。
筆者は株式市場での経験はかなりあるが、債券市場での経験が乏しい。かつて毎日の世界の株価、債券の動きを追っていた時、「債券市場は株式市場より、頭が良いな」と思い、債券の熟練したファンドマネージャーに、その質問をすると、その答えは「株式と違い債券は必ず満期があるからです」と言われた。債券市場と株式市場の反応が異なっているときは、債券市場の反応は、満期があるため、自分が正しいと思えば、満期までは保有でき、償還を迎えるため周囲の判断に流されない。株式市場の反応は、投資家たちの欲望を表しているから違ってくるのだろう。
基本的に、株式投資家は欲望に正直でありつねに欲望を表明している。理論より株価が上がってほしいときには株式を買い、またポジティブなことを言い、実際にポジティブに反応する。債券市場の投資家(トレーダーになる)は、理論派であり、理屈に従って動き、したがって、情報あるいは現実を正面から理屈通り受け止める。
株式には満期がないから期間が限定されていない。このため、事実よりむしろ、その時々の多数決での意見が結論になる。市場での多数の意見が事実を抑え罷り通ることになる。債券市場では、満期で償還、それ以上保有できないため事実に沿って行動することが最適になるのだ。
今回、債券市場においては、FOMC後のパウエル議長の資産購入縮小の記者会見を受けて、米国債金利は上昇した。債券の需要は減り価格は値下がりし金利が上昇するのが当然だ。さらに、その後は利上げが見込まれているから、短期金利上昇が長期金利上昇に波及してくる。この時も債券市場は、理論どおり反応していたのだ。
一方、株価はNYダウ、ナスダック、S&P500と、代表的な3指数がそろって上昇した。パウエル議長の会見で「それほど利上げを急がないと読み取れた」、という解釈が出回っているが、まさにそれは、投資家たちの願望であって事実ではない。債券市場は理屈を示し、株式市場は投資家たちの欲望を表す。まさに、債券と株式の違いという理論どおりの反応だった。ということは、今後どうなるか?株価は、タイミングを見て、理屈、常識に帰ってくる。つまり、金利が上がれば、株価は下がる、ということである。しかも、今回下がるべきところで上がり、その後、連日最高値を更新しているから、上がった勢いは、そのまま反動下落の勢いとなる。
来年株価は暴落。それとも調整?
問題はそれがいつか? ということだが、株価は高い水準でしばらく乱高下を続けるだろう。冷静な株式投資家は、乱高下は売却のチャンスだから、ポジション整理を進めるだろう。そして、何か大きなイベントを待ち、そこから売り主体となると予想している。26日、新たな変異ウイルスを材料に株価は大幅安だったが、やがて落ち着く。問題はやはり米金利だ。変異型ウイルスは金利を下げる。株価にとって、冷静に見て1日で3%近く下げることはない。どんなに遅くとも、利上げが実際に行われるときまでには、株式は現実に直面することになるだろう。
来年の株価見通しについては、大方の市場の見方(大多数の投資家並びにその関係者と言ったところか)はほとんど弱気。金融緩和縮小リスクを来年の株価は織り込んでいくと見ている。週刊エコノミスト11月30日号で日米欧のマネタリーベース(中央銀行が世の中で供給するマネーの量)と米S&P500、独DAX、TOPIXの株価指数の推移を比較している。データは2013年7月からだが、マネタリーベースの残高の上昇と連動して株価も上昇している。前回のテーパリング(資産購入縮小)は14年1月に始まり同年10月に終了した。その間、株価は下落せず、下落し始めたのはテーパリング終了から半年程度経過した15年夏からだった。今回は終了が来年6月と想定されており、前回ケースを当てはめると、来年の暮れころから株価は軟調な展開になる。さらに私たちが最も知りたいのは、どの程度の調整なのかという点だ。
同誌によると、日米欧の足元のマネタリーベースは2175兆円。コロナショック前が約1300兆円、2年弱で約900兆円増加している。同誌は2013年7月から21年10月までの月次データで、回帰分析を実施、マネタリーベースとS&P500の予想値を計算している。前回のテーパリングでマネタリーベースは4兆ドルから3.5兆ドルまで減少。0.5兆ドル、約60兆円減少すると予測すると、S&P500は4286,11月26日現在4599だから下落率は6.8%。これを日経平均に当てはめると、1955円の下げで26795円になる。あまり大きな下げではない。
新型ウイルスでも米市場は年内最高値更新?
ただし、年内に関しては、まだ強気が継続している。南アフリカで新型コロナウイルスの変異株が見つかったこともあって、11月26日に米株は急落した。しかし、コロナ禍からの経済の高成長がもたらした足元の米企業業績の拡大が株高を支える構図は変わっていない、と見ている。新型ウイルスの影響が深刻度を増すことになれば、米金利上昇見通しは頓挫することになる。一時的な減速を除けば米経済の高成長が2021年も続いていることに加えて、9月の米株の調整をもたらした悪材料、① 規制強化による中国株の下落、② 資源価格の上昇、などの外的要因に加えて、③ 米国内では債務上限問題、④ FRBによるテーパリング(資産買い入れ縮小)が近づいていること、など複数の材料が重なったことが9月の市場心理を冷やしたとみられる。これらの懸念が、和らいだことで、S&P500 は11月18日に最高値(年初来25%上昇)更新を伴う反発をもたらしたといえる。おそらく、株式投資家の願望かもしれないが、年末まで一段の株高となり、2019年(騰落率28.9%)を超える、年間の株価上昇率となる可能性があるとみている。
一転して、前述したように、来年は株価の調整の年と見る投資家が多い。しかし、来年想定される株価の調整は、コロナ禍の金融緩和により株価買われ過ぎ相場の崩壊や、ましてやリーマンショックのような暴落ではなく、株式市場ではよく経験する程度の調整にすぎない。弱気相場入りは2割超の下げとよく言われるが、弱気相場入りの調整ではないと予想している。また来年の調整のあとは、大きな流れでの世界経済の回復に伴う株価の長期上昇を予想している。
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■レポート著者 プロフィール
氏名:太田光則
早稲田大学卒業後、ジュネーブ大学経済社会学部にてマクロ経済を専攻。
帰国後、和光証券(現みずほ証券)国際部入社。
スイス(ジュネーブ、チューリッヒ)、ロンドン、バーレーンにて一貫して海外の 機関投資家を担当。
現在、通信制大 学にて「個人の資産運 用」についての非常勤講師を務める。
証券経済学会会員。
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