『本格的な株価の反転と円安の幕引き時期』
7月26~27日に開催されたFOMC(連邦公開市場委員会)で想定通りに0.75%の利上げを決めた。翌日は2四半期連続のGDPマイナス成長が発表された。この結果、米株高、ドル安(円高)となり、何等かの転換点を感じさせて7月を終えた。(8月1日 文責太田)
目 次
1、4つの相場サイクルから
2、金融相場から業績相場へ
3、そして逆金融相場から逆業績相場へ移行しつつある
4、逆業績相場入りか?
5、「金融相場」への移行が早期到来する可能性も
6、昨年秋からの円安が進んだ3つの要因
7、ドルの上昇圧力はまだ健在
8、米景気後退のサインと円高転換のタイミング
4つの相場サイクルから
7月のFOMCでは予想通り0.75%の利上げを発表し、翌28日には4~6月のGDP速報値が前期比年率換算でマイナス0.9%と発表され、米長期金利も低下。金融引き締め緩和期待で米株価は27,28日の2日間でNYダウ768ドル高を記録した(翌29日も上昇、3日間で1083ドル上昇)。この2日間で米株価はすでに本格的な反転に向かっているのだろうか、米国の金融市場の現状を認識することは、世界の株価の先行きを読むにあたって極めて重要だ。
現状を認識するため、昔から使っている4つの相場のサイクルを紹介したい。相場には4つのサイクルが存在し、その循環をベースにすれば、ある程度は未来の相場を予測することができるのだ。つまり、相場サイクルを把握しておけば、リスクを回避できる可能性も飛躍的に高まるからだ。ここでいう4つのサイクルとは、①「金融相場」②「業績相場」③「逆金融相場」④「逆業績相場」のことである。私の記憶では、この4つのサイクルの最初の名付け親は、浦上邦雄氏ではないだろうか(間違いも知れないが)。1980年代終わりから90年代初めにかけ、筆者は毎週「週刊ゴールデンチャート」というチャート集を愛読していた(当時は今と違ってパソコンはなかった。記憶ではQUIK(日経新聞子会社)で簡単なチャートは見られた)。その巻頭に、同氏の相場解説が毎週載っており、前述の4つのサイクルでの解説を頻繁に見かけた。ちなみに同氏は当時日興証券所属だったと思う。
簡単に4つのサイクルを説明すると、①の金融相場とは、業績は下げ止まり、金融緩和開始、金利低下で株価上昇。次の②業績相場では、業績は拡大し金融緩和は終了。金利は上昇始める。最終局面で株価は頭打ち。③の逆金融相場では、業績は頭打ち、金融引き締めで金利上昇、株価は下げ始める。④の逆業績相場では、業績は悪化し始め、金融引き締めは終了、金利も低下し始める、といった相場のサイクルの事だ。ただし、今の日本株は金利を作為的に抑えているためか、このサイクルはそれほど有効とは思えない。むしろ米市場追随型になっているため、米市場のサイクルを見ていけば済むことだ。
具体的に米市場の直近の例に沿って、4つのサイクルを見ていこう。起点は米国でパンデミック発生の大混乱が収まりつつあった2020年春。当時の環境は「金融相場」であったと解釈するのが自然だろう。パンデミックによる経済の停滞で未曾有の景気減速にもかかわらず、FRB(米中央銀行)とトランプ政権が大胆な景気刺激策を実施した。それによって、投資家の過度な悲観が後退し、株式市場に資金が戻り始めていた。
金融相場から業績相場へ
この間、米政府は家計への給付金と失業手当を大盤振る舞いし、FRBもゼロ金利政策と毎月1200億ドルの資産購入を実施する量的緩和を実施。今から考えてみても非常に緩和的な金融環境を作っていたのだ。
こうした政策効果によって同国の長期金利は極めて低水準に抑えられ、長期金利は一時0.5%近辺まで低下し、2020年3月以降は年間を通じて1%以下で推移した(直近の10年債は6月14日に3.48%が目先ピーク)。
安全資産である国債の利回り低下(国債価格は上昇)は、リスク資産である株式の相対的な魅力を高めるため、金利低下を追い風に株価は上昇した。企業業績がよくないにもかかわらず、金融緩和によって株価がPER(株価収益率)上昇を伴い上昇するというのは、典型的な金融相場である。
2021年は金融相場の色彩を残しつつ、次なるサイクルの「業績相場」に移行した。新型コロナワクチン開発の成功もあってサービス業が持ち直し、企業業績の回復傾向がはっきりとしてきた。
この間、米政府は手厚い失業手当を残し、FRBは量的緩和を続けた。夏の終わりごろには量的緩和の段階的縮小、いわゆるテーパリングに着手し金融緩和の度合いを緩める局面へと移行し、それを受けて長期金利は上昇したが、それでも10年債金利は2%以下の水準にとどまっていた。
2021年後半になるとインフレ率の上昇が徐々に人々の注目を集めるようになっていたが、FRB全体としての見解は「インフレは一時的」であり、急激な金融引き締めを講じる必要はないとした。その結果として長期金利の上昇は緩やかなものにとどまり、株価に決定的な打撃を与えることはなかった。株価は業績拡大への期待が膨らむなか、2021年は年間を通じて上昇傾向を維持した。今になって思うと、2021年は米政権の政策支援と景気回復が併存する、投資家にとって最もわかりやすい時間帯であったのかもしれない。
そして逆金融相場から逆業績相場へ移行しつつある
そして2022年は次なるステージの③の「逆金融相場」に移行したのだ。当初「一時的」とみられていた高インフレは、次第にそれが一時的でなくなっていることが明らかとなり、FRBを含む市場関係者が警戒感を強めていたところに、ロシアのウクライナ侵攻が始まった。原油・天然ガスなどの資源価格が急騰し、インフレの早期終了シナリオは崩れた。
FRBの政策目標はインフレ退治になり、金融引き締めを強化する方針を示した。3月FOMCの段階では2022年中に0.25%の利上げを4回実施し、都合1%の利上げという見通しが中心であった。だが、6月13日発表の5月のCPI(消費者物価上昇率)が8.6%となりインフレ感が強まった。この日の10年債金利は3.47%に急上昇。インフレ感は継続しているが、7月14日発表の6月のCPIはついに9%超えでFRBの利上げペースに注目が集まった。
急速な長期金利上昇が、株式の相対的な魅力を減じたことで、株価はPER低下を伴い、下落傾向にある。企業業績は現在のところそれほど悪化はしていないが、市場関係者は業績悪化を意識せざるをえない状況に直面している。これは典型的な「逆金融相場」である。
7月27日のFOMC通過、翌28日の4-6月のGDPが2四半期マイナス成長で株価が大幅に反発したが、次なるステージは④の「逆業績相場」においては、企業業績の見通しが悪化する下で、株価は下落あるいは低水準でモミ合いとなるのが基本パターンである。
逆業績相場入りか?
現在の金融市場は「逆金融相場」であるとの見方が基本であるが、逆業績相場に片足を突っ込みつつあると思っている。すでに最近の経済指標を見ていると、景気後退の到来を意識させるデータが増えており、金利上昇に敏感な住宅関連指標はかなり悪化している。
米国では現在の住宅ローン金利が5%超、1年前はその半分だった。当然住宅取得希望者の予算は1年間で相当増加しており、購入に際し二の足を踏むのは当然だ。
米国時間8月1日には、ISM製造業景況感指数が発表される。金利上昇の影響で製造業関連の指標も悪化が見えてくると想定している。さらにFRBが金利を下げない理由に労働市場がしっかりしているからとしている。8月5日に雇用統計が発表される。おそらく徐々にスローダウンが見え始めるのではないだろうか。
債券市場では2年金利と10年金利の利回りが逆転する「逆イールド、逆ザヤ」が発生している。7月は23BP(ベーシスポイント)の逆ザヤで終わった。つまり10年債の利回りが2年債より低く、その差23ポイントという意味だ。この逆ザヤの継続は通常では景気後退と見て取れる。債券市場参加者の間では、連銀の金融引き締めが景気後退を招くとの見方が強まっているのだ。
当面は金融引き締めに対する警戒感が残るため、長期金利の上昇圧力はくすぶり、株価の下落圧力が続く状態が続きそうだが、景気後退を意識させる材料が増えるにつれて、金融引き締めの終了が意識されることになる。つまり長期金利の上昇圧力が和らぐことで④「逆業績相場」に移行するだろう。
「金融相場」への移行が早期到来する可能性も
株価の本格的な反転上昇は、逆業績相場から金融相場への移行期に起こりやすい。そのタイミングは、やはりFRBが金融政策を転換するタイミングになる。今後、インフレ率が緩慢ながらも低下基調をたどることでFRBは次第に金融引き締めの手を緩めると想定される。その頃にはインフレ退治の代償として景気減速を示すデータが増加し、企業業績の見通しは悪化しているとみられる。
その場合、市場参加者は、次なる金融緩和を意識し始める。長期金利は低下し、株式の相対的な魅力が高まることで不況下にもかかわらず、株価は上昇を開始する。そして景気底打ちの兆しが見えてくると、株価はPER拡大を伴って鋭く上昇する。
現在の「逆金融相場」の状況下において、「次の次のステージ」である「金融相場」の到来を語るのは時期尚早かもしれないが、最近になって原油価格が低下するなどインフレ率が落ち着く兆候が散見されている。このことからも逆業績相場から金融相場への移行が意外と早く到来する可能性もあり、局面変化のタイミングを逃さないよう、経済指標とFRBの政策の潮目変化に注意を払いたい。
昨年秋からの円安が進んだ3つの要因
このところ、円安が一服状態になったが、ここでは、まず昨年秋から進んだドル高円安の上昇には、3つの要因があると考えている。その3つの要因とは
1つ目はエネルギー価格の上昇だ。日本は先進国のなかでも、エネルギーが占める貿易収支の赤字(国内総生産比)が最も大きいため、原油価格が上昇すると交易条件が悪化し、円安となりやすい。6月14日に120ドル/バーレルを超えていたWTI 原油価格はすでに100ドル割れとなっており、原油高による円安は概ね織り込まれたと考えている。
2つ目は、証券投資における資金の流出だ。具体的には昨年秋、国内投資家による外債投資や外株投資が活発化し、今年に入ってからは海外投資家による日本株売りも見られた。
日本と他国(特に米国)との長期成長率の違いから国内の投資資金が海外に流出。ただし、これも新年度入り後、証券投資は純流入となっている。国内投資家が外債を売却(円安のせいか)、海外投資家が日本株を買い戻している。それまで急速なドル高・円安が進んだことで、海外資産が割高化し日本資産が割安化したからであろう。
3つ目は、金融政策における日米の違い(欧州も引き締め策でギャップあり)。日銀は4月の金融政策決定会合で、10年債国債利回りを0.25%以下に抑え込むイールドカーブコントロール政策(YCC)を堅持する決定を下した。つまり金融緩和状態を堅持することで、日本政府、日銀は円安を止める意図がないと、金融市場では受け止められている。日本と海外との金利差は広がる一方で、為替市場では円安圧力が生じることになる。
ドルの上昇圧力はまだ健在
前述のように、7月27日のFOMC の結果、翌28日の米GDP(4~6月)で2四半期連続のマイナス成長などで、136円台からわずか2日で132円台まで急激な円高となったが、これで本当に円安は終了したのだろうか。筆者は、まだ状況が反転したとは思っていない。今回の円高の引き金は27日と28日のイベントがキッカケだが、急速な円高反転は、投機筋による巻き戻しによるもので、特にストップロスオーダーがヒットしたためとみている。
それでは、ドルの上昇圧力ははがれたのだろうか。金利上昇を進めるFRBのタカ派化は終了しただろうか。今のところの金融市場のリスクはFRBのさらなるタカ派化ということだろう。景気の極端な下振れや中国発の経済ショックが発生すればFRBのハト派化の可能性はあるが、まだまだ、ドルの上昇圧力がはがれたとは言えない。
米景気後退のサインと円高転換のタイミング
では、ドルが下落(円が上昇)に転じるには何が必要だろうか。端的に言えば、金融市場の焦点が、米インフレ懸念から景気減速ないし後退懸念へ移行した時が、円高調整への本格的な転換点となるのではないか。
FRBは金融政策を引き締め、景気を冷やすことでインフレを落ち着かせようとしている。景気とインフレを冷やしつつ、経済や株式市場への甚大な影響を回避するのは、不可能ではないが、インフレが過熱している分、至難の業だ。
景気とインフレが冷却すれば、今度は利下げで米国経済を常温に戻すことが必要となるが、想定以上に冷え込めば、利下げの幅も大きくなり、ドルにも下押し圧力が強まる。
その点では、前述したように米国債のイールドカーブの形状がチェックポイントとなる。すなわち、長期金利より短期金利が高い逆イールド(逆ザヤ)の状況で、このマイナス幅が広がれば、市場はFRBが金利を上げていく結果、景気が冷えて先々、利下げをする必要性を意識している観が強くなり、市場の焦点がインフレ・利上げから、景気減速・利下げに移行する可能性がある。
おそらく現在の逆ザヤ、マイナス0.25%あたりが最大とみており、当面は明らかな景気後退リスクが小さいが、23年は景気後退リスクが相当高まるとみる。そう考えると、ドル/円は今年10月から12月にかけ、さらに23年前半にかけて、調整リスクが高まりそうだ(ドル安、円高)。それには今年の夏が1つの転換点となる可能性がある。おそらく27日のFOMC と28日の4~6月のGDPの2四半期連続マイナス成長が転換点の引き金になるのかもしれない。
———————————–
本資料、一般社団法人FLSG(以下当会といいます。)が投資家の皆様に情報提供を行う目的で作成したものであり、投資の勧誘を目的に作成されたものではありません。本資料は法令に基づく開示書類ではありません。本資料の作成にあたり、当会は情報の正確性等について最新の注意を払っておりますが、その正確性、完全性を保証するもではありません。本資料に記載した当会の見通し、予測、意見等(以下、見通し等)は、本資料の作成日現在のものであり、今後予告なしに変更されることがあります。また、本資料に記載した当社の見通し等、将来の景気や株価等の動きを保証するもではありません。
■レポート著者 プロフィール
氏名:太田光則
早稲田大学卒業後、ジュネーブ大学経済社会学部にてマクロ経済を専攻。
帰国後、和光証券(現みずほ証券)国際部入社。
スイス(ジュネーブ、チューリッヒ)、ロンドン、バーレーンにて一貫して海外の 機関投資家を担当。
現在、通信制大 学にて「個人の資産運 用」についての非常勤講師を務める。
証券経済学会会員。
Monthly