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Monthly Report

Monthly Report 2022年6月号

『日本の衰退を真剣に考えるときが来た』

日経新聞とテレビ東京による5月27日から29日までの世論調査で、岸田内閣の支持率が66%と内閣発足以来、最高水準となったと報じている。他紙もほぼ同様とのこと。コロナ対応、ウクライナ対応に評価が集まったとのことだが、岸田内閣は評価されるほどのことをやったのだろうか、大いに疑問だが。(6月1日 文責 太田)

目 次
1、岸田首相の支持率と「新しい資本主義」

2、海外からもたらされる「日本消滅論

3、世界から遅れた日本経済、その真犯人は?

4、高成長の新興企業が余りにも少ない日本

5、国の成長を後押しするのは、大企業でなく新興企業

6、岸田首相の政策が持つ国家レベルの危うさ

7、「貯蓄から投資」が盛り上がった時、政府は大きな問題に直面

岸田首相の支持率と「新しい資本主義」

同じ時期の共同通信の世論調査では支持率上昇の理由を「ほかに適当な人がいないから」という消極的なものだった。おそらく就任からたいしたこともしていないが、さまざまな政策課題も大きなミスなしで来たからであろう。この世論調査の直後の5月30日、自民党の経済成長戦略本部は、貯蓄から投資への流れを進めるため、「1億総株主」を目標にした提言を、岸田首相に申し入れたそうだ。はっきり言えば、この程度の提言では「日本国の衰退」を感じずにはいられない。この提言では、日本が「欧米と比較して、現金や預金の割合が非常に高く、株式や投資信託の割合が低い」と指摘し、国民が「1億総株主」になり、「成長の果実を享受できることが重要」としている。そして、「NISA(少額投資非課税制度)の抜本的拡充などを進め、資産所得倍増を目指す」などとしている。
この提言を受けた岸田首相は、政府の「新しい資本主義実行計画」などに反映させる意向を示したという。ただし、当日の日経新聞夕刊と翌日の朝刊には、この提言に関する記事は見当たらなかった。日経新聞も「馬鹿らしい」と思ったのではと想像しているのだが。「1億総株主」が可能なのか、若い人にとって給料が上がらない現状では、投資の原資となる貯蓄すら難しいのに、株式投資を薦める自民党政治家のセンスを疑ってしまう。
ちなみに、5月24日のロイターの記事によれば、バイデン大統領の支持率は36%と就任以来最低の数字になっているそうだ。この違いは国民性の違いなのだろうか。おそらく、現状の世界の地政学リスクからも、当たり障りがない発言に終始する岸田首相の方が「癒しの政権」なのだろう。そうした傾向を好む国民と政権でいいのだろうか。

海外からもたらされる「日本消滅論」

世界的なEV(電気自動車)で有名なテスラ社の共同創始者であるイーロン・マスク氏が5月7日のツイッターで「日本消滅論」をツイートして話題になっている。このツイートのキッカケは、1年間に総人口が64万4千人減ったというニュースらしい。当然のことだが、死亡が出生より多い状態が続けば、日本の消滅は避けられない。
1人の女性が生涯を通じて生む子供数の推計値、すなわち合計特殊出生率はコロナ禍初年の2020年が1.33だった。人口学者は出生率が1.3を下回ると超少子化と呼ぶらしい。2004年の出生率が1.29となり、当時の小泉首相は少子化対策に傾注した。出生率はその後回復してきたが、ここに来て再び低下傾向になってきた。出生率1.29が将来にわたって不変、かつ海外との人の移動がない、と仮定すると日本の総人口は200年後には1千万人を切る。2340年には100万人を切り、2490年には10万人を割り3300年には日本は完全に消滅し無人となる
現在の少子化の背景には子育ての環境が整っていないことにある。岸田政権は「新しい資本主義」など絶対無理(私の個人的な意見)なことより、若い夫婦が子供を安心して育てられる環境作りをした方が、投資を薦めるよりマスク氏がいう「日本消滅」を避けることが出来るのではないだろうか。
それにしても投資を促すには日本経済が世界から取り残されている現状を打破することが最も重要だと思う。岸田首相をはじめ自民党議員はそうした自覚はないのだろう。

世界から遅れた日本経済、その真犯人は?

日本経済が世界から遅れる原因作った「真犯人」は一体何なのだろうか。結論から言えばおそらく成長している新興企業の少なさではないだろうか。金融市場に関わるものとして、なぜこんなにも日本には新興企業が少ないのかを常に思っている。
最近よく言われる「スタートアップ企業」というのは、どういう企業か。ベンチャー企業とはどう違うのだろうか。スタートアップ企業とは、まだ世の中にはないアイデアを新しいビジネスにすることで市場を開拓する企業のことで、もともとはIT企業が多く集まるアメリカのシリコンバレーで用いられていた言葉だ。創業から3年未満の企業、または短期間で急成長を遂げる可能性を秘めた小規模な事業体のことを指すのが一般的のようだ。
では「ベンチャー企業」との違いは何だろうか。実際にはどちらにも明確な定義がなく、設立して間もない若い企業という点では共通しているため、両者が同義で使われることもあるが、スタートアップ企業とベンチャー企業には以下のような点で大きく異なるのも事実のようだ。
ベンチャー企業というのはもともとの発祥が日本で、その名称も「ベンチャービジネス」から派生して作られた和製英語であるという違いがある。なお、海外では「ベンチャー」という言葉は投資組織の「ベンチャーキャピタル」を意味するのが一般的だ。
ベンチャー企業は中長期的にゴールを設定して事業を行うのが一般的な傾向だが、これに対してスタートアップ企業はスピード感を重視し、短期間での上場やM&Aを目指すという点も大きな違いのひとつだろう。
さらに事業を行う上での目的が違う。スタートアップ企業は、短期間で急成長させることで企業の価値を高め、株を売却して利益を確定させることを目的としている。最初から企業売却を目的としてビジネスを始めるケースが多いということだ。一方のベンチャー企業は、スタートアップ同様に途中で企業を売却することもあるが、長いスパンで経営を続けていく傾向が多いという違いがある。
日本が世界のソニーやHONDAを生んだ時代のように、日本を再びスタートアップの国にするという目標は、岸田文雄首相が5月5日に行われたロンドンでの講演で発表した4つの目標のうちの1つであった。しかし、歴代の首相も高い目標を掲げてはきたが、残念ながら実現に必要な施策を打つことはできなかった。

高成長の新興企業が余りにも少ない日本

なぜスタートアップ企業が重要なのか、そしてなぜ日本は遅れを取っているのかを確認しないと「日本消滅」は避けられないかもしれない。
スタートアップやベンチャー企業という言葉から、米シリコンバレーにあるハイテク企業を思い浮かべる人が多いだろう。しかし、シリコンバレーにあるハイテク企業の数はわずか2000社である。一方、OECDの統計によると、米国には毎年5万社以上の高成長企業(従業員10人以上で、3年連続で年率20%以上の成長を遂げた企業)が存在する。韓国は1万6000社、イギリスは1万3000社、フランスは1万社である。このうちハイテク企業はごく一部と言われている。日本ではこのような企業の数を測定していないため、日本のスタートアップ政策は盲目的に行われているのが現状だ。
国民の生活水準を向上させるためには、ハイテクでなくても成長性の高い中小企業を継続的に創出していくことが不可欠だ。1980年代から1990年代にかけての米国では、設立5年未満の企業の参入と、効率の悪い老舗企業の閉鎖によって、就業者当たりの製造業生産高の成長率60%という驚くべき結果がもたらされた。
残念ながら、日本では高成長している中小企業の数があまりにも少ない。それが、実質世帯所得(価格調整済み)が1995年以降低迷を続けている理由の1つである。日本には数多くの中小企業があるのは確かだが、創立後最初の10年間の成長はOECD諸国の中で最も低く、老舗中小企業の数がOECD諸国の中で群を抜いて多い。
おそらく最大の問題点は、こうした企業が必要な融資を受けられないことにあるのだろう。自民党内に結成されたスタートアップ議連は、2027年までにVC(ベンチャーキャピタル)投資額を10倍の10兆円(770億ドル)にすることを目標としている。このようなVC投資は魅力的だが、VCから投資を受けた企業だけが注目されるべきではない。
スタートアップ議連の中心人物である平井卓也・前デジタル化担当相は、日本は「エンジェル」投資家に対する減税措置も必要であると発言していることは興味深い。エンジェル投資家とは、資金を得られない革新的な企業に「種銭」を出資する投資家である。
エンジェル投資家に対する減税措置は、高成長の新興企業を大きく後押しすることになる。エンジェル投資家の多くは元起業家で、新興企業に対する資金提供だけではなく指導も行う。2019年、米国のエンジェル投資家は6万4000社に対して1社あたり平均37万6000ドルの合計240億ドルを投資した。一方で日本の税優遇措置は、エンジェル投資家が企業に投資した際の最大控除額が1000万円と、ごく少額である。


国の成長を後押しするのは、大企業でなく新興企業

国の成長を最も後押しするのは、電気メーカーや電子部品メーカーといったデジタル機器を製造する少数の企業ではない。デジタルを活用して自社を向上させることができる、その他多数の企業である。
新興企業は老舗企業よりも、新技術を活用して経済全体の成長を促進する手段を開発する可能性が高い。例えば、ネット印刷を手がけるラクスル(東証プレミアム4384)はネットを利用した宅配便のオークションシステムを構築した。これによって、配達員の1キロ走行あたりの配達荷物数を大幅に増やすことができた。配達員の収入アップと顧客のコストダウンを達成しただけではなく、地球温暖化防止にも貢献している。このような企業が何万社も生まれたとき、日本は復活を果たすだろう。
政治家になる前は銀行員だった岸田首相は、日本の銀行がいかに若い企業、特に女性創業者に対する融資に抵抗を持っているかを理解しているはず。しかも銀行が融資を行う場合、信用度の低い創業後50年の企業より、創業後10年の健全な企業に対して高い金利を課す。これは、「ゾンビ」企業を生かし続けようとする政治的圧力が生んだ結果である。

岸田首相の政策が持つ国家レベルの危うさ

5月5日、訪英した岸田首相はロンドンの金融街で講演し、「新しい資本主義」の具体策として、日本の個人金融資産約2000兆円について、貯蓄から投資への動きを促す「資産所得倍増プラン」に着手すると表明した。前述した自民党の「1億総株主」はここからきている。彼らは、日本の個人金融資産の半分以上が現預金で保有されていることに言及して、この状況を「日本の大きなポテンシャル(潜在能力)」と表現した。日本の抱える投資余力の大きさをアピールしたわけである。
”Invest in Kishida”と主張したロンドンでの講演は、就任早々の金融所得課税の導入、自己株買いの制限、四半期開示の廃止、株主還元よりも賃上げを要請するなど、株式市場の期待に反する姿勢をとり続けてきたのだが、”Invest in Kishida”のこの時点で早くも取り下げられたのだろう。
そもそも「膨大な運用されていない現預金」を投資原資と見なすことは、今の日本にとって危ういと言わざる得ない。論点は2つ。1つが為替(円相場)への影響、もう1つが国債(円金利)への影響である。
まず、依然として悪い円安が懸念される現状において、最大のリスクは「家計部門の円売り」が勢いづいて円安が加速する展開である。現在、個人金融資産2023兆円(昨年末現在)のうち53.6%の1084兆円が円建ての現預金である。一方、株式・出資金は211兆円あまりで比率にして10.5%しかない。以前から家計部門の資産構成の問題点は頻繁に取り上げられてきたものであり、ほとんどの大人は目にしたことがあるだろう。滞留する貯蓄をリターンの高いリスク資産に振り向ける場合、その振り向け先が円建て資産になる保証はまったくない。日本については、すっかり「成長を諦めた国」との見方が定着しているため海外に流出する可能性が高い。今やコロナ前のGDP(国内総生産)水準を割っている先進国は日本くらいだ。そうした日本の地力の弱さが日本株や円相場の原因であるとの論調は今や珍しいものではない。
こうした状況で日本の家計部門が「貯蓄から投資」を実行した場合、それが円建て資産ではなく外貨建て資産になれば、それは円安が加速する展開となる。現状「悪い円安」を指摘する声が大きくなっているところで、政府・与党はそうしたリスクを考えないのであろうか。
「資産所得倍増プラン」にまつわるもう1つの不安は国債(円金利)への影響である。具体的には「貯蓄から投資」が進むことで現在の国債の安定消化構造が崩れる可能性をどうするかという話だ。
現預金を「死に金」と呼んだり、その保有形態を指して「眠っている」と表現したりする風潮によく表れている。現預金が多いのは、「日本経済が低迷」しているからこそ家計(や企業)は自国通貨建ての現預金という最もリスクの小さい運用形態を選んできたというのが実情だろう。有望な投資機会があれば政府に指示されなくても貯蓄ではなく投資を選ぶ。
家計や企業は現預金という運用形態で資産防衛を図ってきた。その現預金は銀行部門に預けられている。そのまま銀行は国債で運用している。あるいは銀行を通じて、日本銀行が国債で運用している。つまり、民間部門の貯蓄を政府部門が借りて消費・投資に充てている。そうすることで資金循環構造が釣り合ってきた。

「貯蓄から投資」が盛り上がった時、政府は大きな問題に直面

「資産所得倍増プラン」を推し進め、「貯蓄から投資」が盛り上がった場合、政府は大きな問題に直面する。それは国債を家計に代わり誰に買ってもらうのかという問題である。現預金が眠りから覚ました場合、代わりに誰が国債を買うのか、その経済主体を見つけてくる必要がある。
国内の銀行部門や日本銀行は低利でも国債を購入するが、海外の投資家はそうはいかない。当然より高い金利が要求されるようになる。これを「資産所得倍増プラン」によって政策的に崩しにいった場合、それにより訪れる国債価格の下落(円金利の上昇)をどのように受け止めるつもりなのか。
岸田首相の「資産所得倍増プラン」だが、今の日本が直面している為替や債券の現状を踏まえると、経済に望ましくない急変動をもたらす可能性が大きい。「貯蓄から投資へ」というプランのリスクは普通の大人であればすぐわかるはずだ。「投資してほしい」というだけで、実体経済の混乱も招きかねないプランを披露すれば、大幅な円安、株安に見舞われることは必至だ。もうお分かりだろうが、岸田首相をはじめ自民党議員が出してくる政策はあまりにも皮相的であり、本当に日本は消滅するのではと思ったりする。
一見して前向きな話に思える「資産所得倍増プラン」だが、今日本に必要な政策は「成長を諦めた」と言われない政策を実行することだ。日本の株式市場において、新興企業数が他の先進国に比べ非常に少ない。にもかかわらず、筆者は日本株に対し強気だ。ただし、30年前と違って、今の日本株投資はグロース株投資(成長株投資)ではなく、かつて70年代に超成長企業だった「ソニー」や「HONDA」は今や世界的な大企業になっている。しかし、PER(株価収益率)はそれぞれ18倍と7倍と低い。つまり割安なのだ。ある意味、割安に放置されているのだ。したがって現在の日本株投資は成長株投資ではなく、バリュー株(割安株)投資なのだ。つまり筆者の日本株の強気の背景には、日本には新興成長企業が少ないが、大企業のバリュー株(割安に放置された株式)の見直しが常に起こることを基盤としている。

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本資料、一般社団法人FLSG(以下当会といいます。)が投資家の皆様に情報提供を行う目的で作成したものであり、投資の勧誘を目的に作成されたものではありません。本資料は法令に基づく開示書類ではありません。本資料の作成にあたり、当会は情報の正確性等について最新の注意を払っておりますが、その正確性、完全性を保証するもではありません。本資料に記載した当会の見通し、予測、意見等(以下、見通し等)は、本資料の作成日現在のものであり、今後予告なしに変更されることがあります。また、本資料に記載した当社の見通し等、将来の景気や株価等の動きを保証するもではありません。

■レポート著者 プロフィール
氏名:太田光則
早稲田大学卒業後、ジュネーブ大学経済社会学部にてマクロ経済を専攻。
帰国後、和光証券(現みずほ証券)国際部入社。
スイス(ジュネーブ、チューリッヒ)、ロンドン、バーレーンにて一貫して海外の 機関投資家を担当。
現在、通信制大 学にて「個人の資産運 用」についての非常勤講師を務める。
証券経済学会会員。

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