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Monthly Report

Monthly Report 2025年3月号

『2月の日米株価はテック株低調とトランプ政策に翻弄』

トランプ政権が発足して1か月超。その間、米国株式市場はいくらか調整色を強めてきて来ている。その背景には、インフレの高止まりと景気後退が同時に進行するスタグフレーションの気配を投資家は感じているのかもしれない。(3月1日 文責太田)

目 次
1、米経済はスタグフレーションの可能性も
2、米株のシラーPER(株価収益率)
3、第2次プラザ合意の可能性も
4、マウントを取りに行くトランプ氏
5、トランプ関税への返し技
6、トランプ関税から逃げるには
7、日本株を考える

米経済はスタグフレーションの可能性も

 年初から2月28日までのNYダウの騰落率は+3.05%、2月の月間はー1.58%、S&P500は+1.24%と2月の月間騰落率はー1.42%、ナスダックはー2.407%と―3.97%%。日経平均はー6.87%と2月はー6.11%、一方、独DAXは+13.27%、2月は+3.77%。香港ハンセン指数は年初から+14.36%、2月はディープシーク効果もあって+13.43%となっている。

 スタグフレーションの(インフレと景気後退が同時進行する状況)気配を示唆する経済指標が2月の後半に発表された。26日発表の2月の消費者信頼感指数は7ポイント低下の98.3、エコノミスト予想は102.50だった。低下は3か月連続。今後1年以内に景気後退に陥る可能性が大きくなっている。消費者と企業の景況感はトランプ氏の大統領返り咲きが決まった直後こそ楽観に傾いたものの、その後は後退していることが他の指標でも示されている。

 また、21日発表された米ミシガン大学消費者マインド統計では、5-10年先のインフレ期待が3.5%と、1995年以来の高水準に達した。FRBのインフレ目標値2.0%にはほど遠い。2月に公表されたこれらの経済指標からはスタグフレーションの可能性を示唆するものがあったことで、日米の株価の重石になってくるだろう。

米株のシラーPER(株価収益率)

 株価指標のなかで、もっとも知られているのが、PER(株価収益率)。今回はシラーPERを紹介する。シラーPER(別名CAPEレシオ cyclically adjusted price to earnings ratio)は、米国のロバート・シラー氏(ノーベル経済学賞受賞)とジョン・キャンベル氏が考案した株式指標で、現在の株価が割高か割安かを判断する材料として使われる。
通常のPERとは異なり、インフレ率を考慮した長期的な視点の評価をすることが可能。シラーPERはPER(株価収益率)の一種で、実質的な株価の割高・割安を計れるバリュエーション指標であり、単年度に変動が大きくなるような一時的要因や景気循環の影響を受けないのが特徴の指標。歴史的に株価の暴落・急落の前兆を示してきた指標のため、注目度が高い。

 シラーPERはインフレ率を調整した10年平均の純利益を使用するため、景気動向を排除した長期的な評価に適している。

 米株式市場150年の歴史の中でも、1月現在の米国株(S&P500 )のシラーPERは38.11倍(150年間の平均は17.19倍)と突出している。最高水準はITバブル崩壊直前の1999年12月の44.18倍、1929年の大恐慌の時ですら30倍だったこともあって最近の米国株の割高感はかなり強い状況にあるのだ。

第2次プラザ合意の可能性も

 トランプ政権による関税引き上げの目的の一つは「不公平貿易」の解消、具体的には米国産の財やサービスの国際競争力の強化にある。しかし、関税引き上げが実際にそうした効果を持つかどうかは不透明だ。前回のトランプ政権での関税引き上げの際にも、輸出価格を引き下げるとか、中国のように為替の減価で対応するといった相手国の対応により、政策効果は減殺された。

 しかも関税引き上げの副作用である国内でのインフレ圧力を抑制することは、現在の米国経済の力強さを考えると容易ではない。新設された「政府効率化省(DOGE)」などによる行政改革の効果が期待できるとしても、効果が実現するには時間を要するだろう。

 来年の中間選挙が迫る中で、関税引き上げによる貿易赤字の縮小が目に見えた形で実現しない場合に、トランプ政権が米ドルの「過大評価」に関心を転じ、その是正に動くことは容易に考えられる。それを1985年と同じく、主要な貿易相手国との政治的な交渉によって実現するのではないかという「第2次プラザ合意」の可能性もある。ただし、当時との大きな違いは、貿易不均衡の主たる相手に中国が含まれることだ。中国の経済専門家の間では、日本が米国の圧力によって円高を容認したことがその後の長期低迷に繋がったとの理解が強く、そうした「過ち」を繰り返したくないと考え抵抗するであろう。

マウントを取りに行くトランプ氏

 最近、テレビでの芸能人の発言に「マウントを取る」という言葉を聞く。その意味は、何事につけても自分の優位性を誇示して、自分本位に仕事をするような行動を「マウントを取る」ということらしい。

 困ったことに、トランプ米大統領は各国に対してマウントを取ろうとしている。それも、同盟国・非同盟国を問わずマウントを取ろうとし、世界は混乱のるつぼに放り込まれたような状態に陥っている。さて、世界は今後4年間をどうやり過ごせばよいのだろうか。

 トランプ関税に対して潜在的不満を抱いている国々は数多くある。それらの国々と日本は、自由貿易のアライアンスを組むことが得策であろう。例えば、欧州連合(EU)や韓国との間で「環太平洋連携協定(TPP)」参加を呼びかける。トランプ政権からの妨害はあるかもしれないが、自由貿易を脅かす米国の対応にカウンターパワーを徐々に作って、自由貿易の枠組みから米国が孤立することへの不利益を感じさせていくのはどうか。


トランプ関税への返し技

トランプ氏の狙いは、トランプ関税をかけることを脅しに使って、1対1で交渉しつつ有利な取引条件を相手から引き出すことにある。日本からは1兆ドルの対米直接投資を約束させた。コロンビアは、不法に米国に入国する者の送還を受け入れさせられた。デンマークは、グリーンランドの所有権を放棄しなければ、米国への輸入品に高関税をかけると脅された。今やトランプ政権は、関税政策を武器化して、自国への利益誘導を追求する迷惑な存在と化してしまっている。米国に輸出する相手国は、いわば、輸出を「人質」に取られているようなものだ。

 つまり「人質」の価値を低下させるために、米国向け輸出を減らし、それを肩代わりする輸出先を別に探すことだ。ASEAN(東南アジア諸国連合)や韓国などは米国以外に、中国向けの輸出が多い。日本もそうである。トランプリスクに対して、アジア諸国は複数の国々が連携して中国への輸出シフトを促す流れをつくるだろう。だが今のところ中国の景気は悪く、十分な受け皿になれそうもない。中国自身もトランプ関税による打撃を受けて、米国以外への輸出シフトを願っているはずだ。

 少し時間はかかるだろうが、中国がアジア諸国との貿易連携を主導していく可能性はある。もしもそうなれば、関税政策を武器化することのデメリットをトランプ政権は意識していく。アジアの貿易アライアンスに、日本がどうコミットしていくかは今後の課題となる。

 トランプ氏の手法は、優越的地位を乱用して、自国への利益誘導を図ろうとするものだ。それに対処する上手な「返し技」を身につけることが、迷惑行為をかわすために求められてくる。

 トランプ手法の「返し技」を考えると、2月7日の日米首脳会談ではその一例を見ることができた。それは、日米間でウィン・ウィンの関係をつくることだ。対米投資の拡大は、米国経済にも日本企業にもメリットがある。将来的に米国に進出した日本企業が低い法人税の適用を受けられるという好条件を引き出せれば、本当にウィン・ウィンの関係が得られるだろう。オーストラリアのターンブル元首相は、トランプ氏と付き合う方法として、米国にメリットがある対案を主張すると、トランプ氏はそれに乗ってくると述べていた。トランプ氏はビジネスマンなので、利があるとわかると前言をひっくり返してでも合意しようとするらしい。有効な返し技とは、「これをすれば米国にも利益がありますよ」と対案を出すことだ。トランプ氏の良い点は、前に発言した内容にこだわらず、良い結果を導ければそれで良いと考えるところだ。この点は日本の政治家も学んでよいと思う。

トランプ関税から逃げるには

 トランプ関税から逃げる方法はいくつかある。10%の関税をかけられたならば、通貨を10%切り下げれば痛みをいくらか緩和できる。仮に、トランプ関税をかけられたとき、10%の報復関税を米国にかけ返して、さらに通貨を10%切り下げると、米国の輸出価格は1.21倍に跳ね上がる。それが対抗措置の効果を上げる。

 それを防止するためにベッセント財務長官は、為替操作や非関税障壁も考慮しながら相互関税を検討すると述べている。日本がいま為替介入を行ったとしてもその目的は円安防止になるので、通貨安誘導には該当しない。それでも、日本の低金利が円安を促していることが問題視される可能性はある。そう考えると、今後、日本が為替介入を使いにくくなる分、日銀はもっと積極的に金利正常化に向けて利上げを進めることになるだろう。

 トランプ氏の関税政策に各国ともノーを言えない状況は、過去、国際連盟が第二次世界大戦を止められなかったことに似ている。すでに世界貿易機関(WTO)がトランプ氏の暴走に歯止めをかけられていないことからも、国際協調の枠組みが弱すぎることを感じさせる。

 もっと自由貿易のルール違反に対して、強いペナルティーを課すことのできる自由貿易のための同盟を築かなければ再発防止はできないだろう。トランプ大統領の在任期間中は、そうした新しい枠組みについて議論することは難しい。

 本来、バイデン前政権が第1次トランプ政権の後に、重大なルール違反を取り締まるための仕組みづくりを始めておくべきだったと筆者は考える。バイデン氏は経済安全保障を軸にして、中国を封じ込める政策に重点を置き、広範な秩序づくりまで考えが及ばなかった。米国任せの考え方に限界があったことも原因だろう。

日本株を考える

 足元の日本の株式市場は、半導体を中心として米テック株の株価動向とトランプ政策の不透明感に目が行っているが、トランプ関税への対抗政策の存在を考えれば新年度からの株高に期待が持てる。問題は円高への対応だろう。2月中旬、ミュンヘン安全保障会議で、米国はもはや欧州の安全を保障しないと表明した。これは世界経済の責任を放棄したことを意味し、安全装置を失った世界経済でドルの信認に影を落とした。同時に円高が進むときに日本株はどう対応していくか、今から考えておかなければならない。

 いわゆる株価を決定させる要素は「企業業績」「需給」「外部要因」の3つだと言われる。そのうち、日本企業の業績は、日経平均の予想EPS(1株当たり利益)が過去最高になっているように、問題はないと考えられる。

 次の「需給」をみると、2025年1月の日銀のマネーストックM3(世の中に出回っている資金量)も約1610兆4000億円で、前年同月比0.8%増、前月比では6000億円増と、過去最高だった2024年4月の1612兆8000億円に迫る高水準を維持しており、引き続き世の中のお金は潤沢だ。株対金(カネ)のバランス」は悪くない。ただし、もう1つの需給悪化要因がある。

 報道機関などによると、次回3月18~19日に開催される金融政策決定会合からは、日銀はレギュラー出席者を増やすとされている。具体的には、金融システム安定策を担う、金融機構局担当の幹部なども毎回出席し、次の利上げなどに備えるためだと言われている。

 しかし、この真の狙いは日銀の保有する上場投資信託(ETF)の売却への準備という側面があるのではないかと不安視されているのだ。日銀保有のETF売却は株式需給悪化に大いに影響がある。投資家の心の奥底に沈んでいる不安の存在であることは間違いなく、これが再び頭をもたげ、足元の日経平均の上値を押さえているのかもしれない。

 3つめの外部要因はアメリカのドナルド・トランプ大統領の出方に対する不透明感だ。ただし、関税問題は時間の経過とともに市場に織り込まれていく。2月はほぼ毎日、関税問題がニュースで取り上げられており、世界経済にとってネガティブであっても、市場では毎日関税問題が徐々に織り込まれてきている。ブルームバーグの世論調査でも共和党支持者の半数は、関税問題は米経済に悪影響をもたらすと考えている。来年の中間選挙を見越して、どこまでトランプ大統領はやれるのだろうか。

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本資料、一般社団法人FLSG(以下当会といいます。)が投資家の皆様に情報提供を行う目的で作成したものであり、投資の勧誘を目的に作成されたものではありません。本資料は法令に基づく開示書類ではありません。本資料の作成にあたり、当会は情報の正確性等について最新の注意を払っておりますが、その正確性、完全性を保証するもではありません。本資料に記載した当会の見通し、予測、意見等(以下、見通し等)は、本資料の作成日現在のものであり、今後予告なしに変更されることがあります。また、本資料に記載した当社の見通し等、将来の景気や株価等の動きを保証するもではありません。

■レポート著者 プロフィール
氏名:太田光則
早稲田大学卒業後、ジュネーブ大学経済社会学部にてマクロ経済を専攻。
帰国後、和光証券(現みずほ証券)国際部入社。
スイス(ジュネーブ、チューリッヒ)、ロンドン、バーレーンにて一貫して海外の 機関投資家を担当。
現在、通信制大 学にて「個人の資産運 用」についての非常勤講師を務める。
証券経済学会会員。

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