『トランプ政権と世界経済の変化の兆し』
第2次トランプ政権がスタートした。就任早々から26の大統領令を発令。その中にはWHO脱退、パリ協定からの再脱退、移民政策の強化など、前政権の政策を大幅に転換。自国の利益を優先する姿勢は第1次政権より強まっている。(2月1日 文責太田)
目 次
1、ニクソン氏に似るトランプ手法
2、トランプ大統領で変わる世界経済
3、中国の無名AI企業がエヌディビアを吹き飛ばす
4、3極化の流れが意味すること
5、米経済のリスクはインフレと財政赤字の拡大
6、米国1強から分散投資
7、米国の黄金時代の終わり
ニクソン氏に似るトランプ手法
トランプ氏は1980年第ニ元大統領のニクソン氏と文通をしていたことが広く知れ渡っている。そのせいか、ニクソン氏の手法とトランプ氏の手法はよく似ている。例えば、外交面で自らの手法をさらさずに、相手方を予測困難な状況に陥らせ有利な妥協を引き出す手法だ。ニクソン氏は泥沼のベトナム戦争で、米国は核兵器を使うかもしれないと思いこませて疑心暗鬼を誘う手法を採用した。対経済政策でも71年8月、突然ドルと金の交換停止を発表し、日本やドイツに輸入課徴金(事実上の関税引き上げ)の導入を決めた。いわゆるニクソンショックだ。トランプ氏の外交手法は半世紀前のニクソン氏の相手を疑心暗鬼にさせ有利な条件を取るという手法に似ている。
両者とも国内世論の分断を自らの支持拡大に使った。それでは2025年からの世界は一体どう変わるのであろうか。再来した米国社会の分断はどこに向かうのだろうか。
トランプ大統領で変わる世界経済
2024年は米国の経済と市場が他国を大きく引き離したため、金融市場では「米国例外主義」が合言葉となった。しかし、「アメリカ第一主義」を唱えるトランプ氏の大統領就任を機に、そろそろより大きな地域間の競争を考慮すべき時が訪れたのかもしれない。
われわれはひょっとすると、現在、「アメリカ第1主義」から米大陸・アジア・欧州の3極化の進行の最中にいるのかもしれない。3大地域での人工知能(AI)、グリーンテクノロジー、セキュリティーといった主要分野で繰り広げる競争によってもたらされる長期的で世界的な成長サイクルの中にいるのではないだろうか。トランプ大統領の「アメリカ第1主義」が逆に3極化を促進させると思っている。
世界経済は2010年代末以降、世界金融危機の余波でグローバル化は停滞し、英国は2016年に国民投票でEU(欧州連合)離脱を選んだが、その後の悲惨な状況は周知の通りだ。新型コロナ・ウイルスのパンデミックが、この傾向を後押ししのかもしれない。コロナ・ウイルスでサプライチェーン(供給網)が麻痺し、各国政府は医薬品や必需品への即時アクセスが国家安全保障上の必須事項であることを認識した。
米国、アジア、欧州での動きは、グリーンテクノロジー、AI、防衛の分野において、いずれか1つの支配的な市場に依存するのではなく、3つの地域全てがこれら分野への投資を支援する産業政策を推進することを意味するかもしれない。例えば、半導体製造工場、電気自動車(EV)および電池工場、防衛産業などだ。
中国はすでにグリーンテクノロジー関連の産業政策で先頭を走っており、国際エネルギー機関(IEA)によると、2023年には世界のクリーンエネルギー投資のおよそ3分の1を占めた。現在では太陽電池からバッテリー、EVに至るまで、クリーンエネルギー分野の多くを中国が独占している。中国はAI分野でも同じ戦略を用いているようで、自国の半導体産業を発展させ、米国への依存度を下げようとしている。
中国の無名AI企業がエヌディビアを吹き飛ばす
1月28日、米国の大手半導体メーカー・エヌビディアの株価が17%もの暴落を見せた。およそ5890億ドル(約91兆円)の時価総額が1日で吹き飛んだ計算だ。日本の株式市場でも関連企業の株価は総崩れ。ソフトバンクグループや半導体製造装置メーカーの東京エレクトロンの株価は一時6%超、下落した。
発火点となったのは、中国の新興AI企業・ディープシークが発表した生成AIの最新モデルだ。米オープンAIや米グーグルのAIモデルに比肩するその性能もさることながら、市場が目をむいたのはその開発コストの安さだった。
ディープシークは、2048基のエヌビディア製GPU「H800」を使ってモデルの学習を行い、そのコストは560万ドル(約8億円)だったと主張する。一方、メタやマイクロソフトなどアメリカのIT企業はより高性能な「H100」を10万基単位で買い込んでおり、AIモデルの開発には数十億ドル規模のコストをかけてきたと言われている。
ディープシークが開発に用いた「H800」は、エヌビディアがアメリカによる対中輸出規制に対応して中国向けに開発したもの。処理性能が意図的に落とされている、いわばダウングレード品だ。このハードウェア面でのハンデキャップを、AIモデルをより効率化させることで乗り越え、低コストにつなげたのだ。つまり、エヌディビアなどの米国のハイテク企業のAIの優位性を当然だとは思えない状況が創出されたことを意味する。米国市場では株価指標が過大評価されている現状は、AIで大幅に上昇したハイテク企業の株価に不安を与えたようだ。中国のディープシークの台頭は競争激化を示し、現時点では脅威にならないかもしれないが、ディープシークはより速く成長し、より迅速に既存企業に挑むだろう。
3極化の流れが意味すること
米国1強時代から3極化の流れのなかで、中国はASEAN(東南アジア諸国連合)との関係を強化し、2020年にはEUや米国を追い抜いてASEANが最大の貿易相手国となった。
急いで追いつく必要があるのは欧州だ。欧州最大の経済大国であるドイツは景気後退から抜け出せずにいる。主力の自動車産業は成長が停滞している。問題はドイツの財政健全性、すなわち数十年間にわたって投資を怠ってきたことにある。しかし、3極化の流れに乗れる解決策の一部となるかもしれない。ドイツは債務の対GDP比率が63%前後とEU平均を大幅に下回っており、財政的余裕は十分だ。ちなみに日本は249%、米国は99%だ。
この「3極化」への移行は投資家にとって何を意味するのだろうか。まず、第一に、今後数年間は米国以外で生まれた複数の原動力が世界の経済成長を引っ張る可能性がある。米国の株式市場は2009年以来、文句なしに世界をリードしてきた。しかし米国の例外性はすでにドル、米国株、そして結果として米国と他の先進国市場との間に生じた過去最大の株価指標であるバリュエーションの差に反映されている。米国株は2年連続で20%超のリターンを達成しており、経験則から3年目は期待できない。
米市場はすでにフルに上昇しているため、投資家の期待や経済のファンダメンタルズにわずかな変化が生じただけでも、投資家は米国への高い投資比率を再考する可能性がある
その例が1月28日のディープシークのAI開発ニュースだ。この先は、トランプ米政権が米国に依存している投資家を再考させることになるかもしれない。
「マグニフィセンタ7」と言った米国巨大ハイテク企業群への資金の集中は予想PERが23倍まで切りあがっており(日経平均はやっと16倍、TOPIXは15倍台)、米国の高さは際立っている。中国のスタートアップ企業の出現は米国の代表的なハイテク企業エヌディビアの時価総額を1日で91兆円を吹き飛ばした。この現象は「米国1強の時代の終焉」を示唆するのかもしれない。
米経済のリスクはインフレと財政赤字の拡大
トランプ氏は20日の就任演説で「米国の黄金時代がまさにいま始まる」と主張した。「再び豊かな国になる」とも述べた。しかし、昨年の米国の国民1人あたりGDPは8万7000ドルに迫り、ドイツや英国よりも約60%多く、日本の2倍以上、中国の7倍に当たる。すでに豊かな国なはずだが。
その一方で、投資家は手放しの明るい未来を確信しているわけでもないようだ。選挙以来、追加減税、移民労働者の減少に伴う賃金上昇、広範な関税強化による輸入コストの上昇など、トランプ氏が提唱する政策の多くがインフレを再燃させ、財政赤字がさらに拡大するのではないかというリスクを市場は見ている。
今の米国経済に過剰な刺激は悪い結果を招く恐れがある。現在の米国市場での最大の懸念は、インフレと財政赤字の悪化により債券市場が反応し、急激な信用コストの上昇で株式市場でのバブルがはじけることだ。その兆しは年始にかけて見られた。
トランプ陣営は、石油・天然ガスの生産拡大によるエネルギー価格抑制と一連の規制緩和の組み合わせにより、インフレのリスクは抑制できると主張、減税の原資としては、政府支出の削減、政府の効率化、輸入関税の強化による国外からの歳入の増加が見込まれている。
米国1強から分散投資
トランプ氏は大統領就任後、経済政策が行き詰まる可能性がある。一貫性のない政策、経済チームの主要メンバー間の見解の相違、共和党が議会において僅差で多数派を占めるに過ぎない、といった事情が重なる結果だ。その一方で、先の2つの主要地域は立ち止まっていないだろう。
中国は昨年、デフレとトランプ氏がちらつかせる関税のリスクに対抗するため、金融、財政の両面で景気刺激策を次々と発表した。3月に開催する全国人民代表大会(全人代)では、このパッケージをさらに強化すると見られている。
一方、最大の輸出市場である米国から、同じく関税の脅しをかけられている欧州では、最大の経済国ドイツがついに「債務ブレーキ」を緩和し、経済の停滞と闘うために財政刺激策を実施する可能性がある。こうした結果、今年は経済成長と株式の強気相場という両面で、地理的範囲が拡大すると予想している。米国経済は強大であり続けるだろうが、投資家は米国が全てではないことに気付くかもしれない。運用の世界でも米国一強から、欧州やアジア、とりわけ安値に放置されている中国株に分散の動きが強まるだろう(ドイツ株は最高値更新中)。
米国の黄金時代の終わり
トランプ米大統領は米国に「黄金時代」をもたらすと宣言しているが、実際には彼はその時代を引き継いだばかりだ。今彼に求められるのは、その状態を損なわないことだ。経済や金融の面で、米国はかつてないほど健全な状態にある。
世界最大の規模を誇る米国経済はこの1年間、年換算で3%に近いペースで順調に伸びている。潜在成長率はコロナ禍以前に比べて上昇し、テクノロジー主導による世界各国との経済格差も明らかに拡大している。米国の景気後退を予測する投資家は少ない。
雇用は十分にあり、ほぼ完全雇用を維持している。インフレ調整後の年間賃金上昇率は過去40年間の平均の2倍となっている。パンデミック後のインフレ上昇で借入コストが急上昇したが、それも落ち着き、インフレ率はFRBの目標である2%近くまで下がり、金利も再び低下している。つまり経済学で言う完全な経済状態に近いのだ。
その代償も大きい。その1つが政府債務の増大で、GDP(国内総生産)の6%という懸念すべき水準まで膨らみ、累積債務もGDPを超えてしまった(前年に99%だった)。しかし、ドルが世界中で準備通貨としての支配的な役割を維持しているおかげもあり、国内外の債権者には比較的余裕がある。連邦政府の資金調達手段が圧迫される兆候はほとんどない。
たとえ米国は「黄金時代」ではないとしても、めったに見られない持続的な繁栄の時期であり、米国に投資したいと考えている人も多いはず。黙っていても、世界の投資家たちは少なくともこの4年間、さまざまな形で「アメリカ・ファースト」で考えてきた。
それなのにトランプ氏は20日の就任演説で「米国の黄金時代がまさにいま始まる」と主張した。「再び豊かな国になる」とも述べた。トランプ氏の政策はその大げさなレトリックに似て、黄金時代の夜明けというより、むしろ黄金時代の黄昏を招くのではと思っている。
前述した中国の新興企業ディープシークの出現で米大手半導体エヌディビアの時価総額が1日で91兆円吹っ飛んだことは米国黄金時代の終焉が始まったと思っている。
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■レポート著者 プロフィール
氏名:太田光則
早稲田大学卒業後、ジュネーブ大学経済社会学部にてマクロ経済を専攻。
帰国後、和光証券(現みずほ証券)国際部入社。
スイス(ジュネーブ、チューリッヒ)、ロンドン、バーレーンにて一貫して海外の 機関投資家を担当。
現在、通信制大 学にて「個人の資産運 用」についての非常勤講師を務める。
証券経済学会会員。
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